働き方改革関連法案——その狙いと矛盾を考える
2018年5月30日、安倍内閣が提出した「働き方改革関連法案」が衆議院本会議で採択された。
この法案で、時間外労働の上限規制が導入される見込みだ。
日本の労働基準法は、先進国としては例外的に、月間の時間外労働の上限すら明文化されておらず、過労死など深刻な労働問題の温床となってきた。そうした背景から見れば、今回の法案による上限規制の導入は一歩前進といえる。
しかしながら、本法案には企業・経営者側の要望を強く反映した条項も多く含まれており、実質的には「労働者保護」と「規制緩和」がひとつになった、いわゆる“抱き合わせ法案”との批判も根強い。とりわけ、「高度プロフェッショナル制度」の導入は、労働時間の規制対象から一部の労働者を除外するものであり、長時間労働を助長する可能性が指摘されている。
現にこれまで、多くの企業が労働基準法の不備や抜け穴を利用し、労働者に不当な待遇を課してきた経緯がある。特に長時間労働は、日本の働き方の代名詞にまでなっている。法改正によって、日本の労働環境は本当に改善されるのか——その真価が問われている。
本法案の主な内容は以下のとおり。
- 時間外労働の上限規制の導入
- 年次有給休暇の取得義務化
- 同一労働同一賃金の原則
- 高度プロフェッショナル制度の創設
この法案によって、日本の長時間労働は改善されるのか。法案の是非を見極めるためにも、今までに、長時間労働を巡って起きた労働問題とその改善を求めてきた労働者との争いをここで改めて振り返ってみたい。
過去の歴史を紐解けば、企業の意向や経団連をはじめとする業界団体の影響を強く受けて、法改正を繰り返してきた歴代の自民党政権の姿勢が見えてくる。
そのような歴史的背景を踏まえた上で、安倍政権が本気で日本の労働問題、特に長時間労働に関して改善する気があるのかを問わなくてはならない。その中で、今回の改革が本当に「働く人のため」なのか、それとも「企業の都合のため」なのか、その本質が見えてくるはずである。
名ばかり管理職
長時間労働の問題として象徴的なものの一つが、「名ばかり管理職」と呼ばれた問題だ。
「名ばかり管理職」という問題が一般に知られるようになったきっかけは、日本マクドナルドに対して、当時直営店の店長が、管理監督者とみなされて残業代が支払われないことを不服として起こした訴訟だった。
労働基準法では、管理監督者の地位にあるものは、残業代支払いの対象から外される。
日本マクドナルドでは、店長として働いていたこの男性を「管理監督者」とみなして残業代を支払っていなかった。そして、残業代の支払いの対象外とされることで、この男性は、際限のない長時間の労働が強いられていた。「過労死ライン」といわれる月平均80時間の残業時間を超える残業を行っていた。
この訴訟が起こされた同じ時期に、似たような労働条件下で過労死事件が相次いで起きている。
日本マクドナルドでは、2007年10月、41歳の女性店長がくも膜下出血で死亡。
ファミリーレストラン大手のすかいらーくでは、2004年と2007年と2度にわたって店長が過労死をしている。
このような相次ぐ過労死事件を受けて、この訴訟は、2008年1月原告側の勝訴となり、日本マクドナルド側に未払い分の残業代750万の支払いが命じられた。
管理監督者とはだれか? 管理職との違い
この訴訟で最大の争点になったのは、店長が「管理監督者」と認められるかどうかという点だった。
「管理監督者」とは、経営者と同程度の経営決定権と裁量が認められている立場をいう。具体的には。。。
- 経営者と一体的な立場にあること
- 裁量で行使できる権限が多く、上司の決裁をほとんど必要としない立場にあること
- 労働時間に関して自己の裁量があること
- 権限と地位にふさわしいだけの待遇を受けていること
など。
したがって、ただの「管理職」とは全く異なる。経営権のないような役職が「管理監督者」に該当するわけがない。
本来、管理職であるというだけで労働時間規制の適用除外とするのは誤りである。しかし現実には、企業側が「管理職」という肩書を与えるだけで、あたかも「管理監督者」であるかのように扱い、残業代を支払わずに長時間労働を強いる例が横行していた。
したがって、この「名ばかり管理職」という言い方も誤解を与える言い方だろう。ただの管理職を管理監督者に誤認させているのだから、「偽装管理監督者」というべき問題だ。
この判決が判例となり、それ以降、この「名ばかり管理職」の問題は下火を迎えていった。
しかし、人件費を抑制したまま長時間労働を実現させたいという経営者側の要望自体がなくなったわけではない。企業はまた別の抜け道を探し始めていた。それが「裁量労働制」である。
争点は裁量労働制へ
「名ばかり管理職」への規制が強化されると、その代替策として企業は「裁量労働制」の活用に目を向け始めた。2011年には裁量労働制を適用する事業所数が9,000件を突破し、その導入は拡大の一途をたどる。
こうした企業側の要望を受けて、政府も制度見直しに着手する。2013年、安倍政権下で開かれた規制改革会議では、裁量労働制の適用条件を緩和する議論が本格的に始まった。さらに、欧米諸国で導入されている「ホワイトカラーエグゼンプション(White-collar exemption)」の日本導入も検討対象となる。
この制度は、2007年の第一次安倍内閣でも一度導入が試みられたが、野党から「残業代ゼロ法案」と批判され、強い反発を受けて撤回された経緯がある。つまり、政府は長時間労働の是正を掲げる一方で、実際には残業代の支払い義務を回避できる制度設計を以前から推し進めていたという矛盾をはらんでいる。
「働き方改革」が本格的に議論されるよりも前から、安倍政権は長時間労働を続けながら残業代削減につながる法制度の整備に注力してきた。その背景には、労働時間の上限を取り払い、低コストで労働力を確保したいという経済界の強い要望があると考えられる。政府による制度改革が、企業にとって都合の良い“抜け道”を用意するものとなっていたのは偶然ではない。
そして2016年、「働き方改革」の名のもとに、裁量労働制の適用範囲の拡大と、要件のさらなる緩和を実現する法案づくりが本格化した。この動きには、業界団体による強い影響力が色濃く反映されているように思えてならない。
次に、この裁量労働制をめぐる問題点について詳しく考察していきたい。
参考
川村遼平『若者を殺し続けるブラック企業の構造』(2014)
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