日本の対中戦略 – 上念司『国土と安全は経済(カネ)で買える』(2014)

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上念司『国土と安全は経済(カネ)で買える』(2014)

 日本は、積極的に支那と戦争をする必要はありません。ひたすらアベノミクスで経済力を強化しつつ、支那を取り囲む国々と経済的な連携を強め、「静謐を保つ」ことに専念すればいいのです。放っておけば支那経済は自壊します。

 国防のための戦略には、大きく分けて二つの方向性がある。
 一つは、周辺地域を自国の生存圏として管理下に置く考えで、覇権主義やブロック経済などがその例だ。
 もう一つは、国際間で自由な通商と経済活動を進めて、相互依存を深めることで、軍事的な衝突が致命的な経済的損失につながる状態を相互に作り上げること。

 日本が採るべき戦略は、もちろん後者にある。
 だが、日本の国防上最も緊張を孕んでいる国、中国は前者を採っている。中国は、自由主義経済へと移行したが、政治的には一党独裁が続き、覇権主義を改める様子はない。むしろ、経済発展とともに国防費を上げ、軍事力を増強し、周辺国との領土的、軍事的軋轢を強めている。

 こうした中国の覇権主義に対して、著者は、日本が静謐を保つことの重要さを指摘している。日本が積極的に中国との軍拡競争に乗り出す必要はない。日本は、粛々と自国の経済力を高めて、中国を取り囲む国々と経済的な連携を強化すればよい。

 中国が近年海洋進出を始めて、日本と尖閣諸島をめぐって領土紛争を起こすようになったのは、中国が大陸において周辺国からの圧力が減少しているからだ。
そこで日本は、自由主義経済こそが人類の発展に寄与するという考えをある程度共有できる国で、なおかつ、中国に陸地から圧力をかけられる国と連携していくことが重要になる。そして、具体的にそうした国とは、ロシア、インド、トルコ、ベトナムだという。

 そこで著者は、日本の対中戦略にとって特に重要なロシア、インド、トルコ、ベトナムの政治、経済状況を解説していく。

周辺諸国ロシア、インド、トルコ、ベトナムの経済状況

・ロシア
 ロシア経済は、原油輸出に依存していて、ロシアの景気循環が完全に原油価格に連動したものになっている。原油価格が高騰すれば、外貨が流入し、国内経済が活性化する。逆に原油価格が下がれば、国内に出回る貨幣量が減り、引き締め効果を生んでしまう。
 このように外資に依存して経済活動を行っているロシアにとって、固定相場制の維持は、極めて重要になる。だが、原油価格の暴落で外貨準備金が減少すると、固定相場制の維持が難しくなる。1998年、そこに目をつけた投機筋にルーブルの空売りを仕掛けられ、ルーブルの暴落を引き起こされてしまう。ルーブル安のために対外債務の返済に行き詰ったロシアは、1999年デフォルトに陥る。
 しかし、2000年から2007年にかけて原油価格が再び高騰すると、ロシア経済は回復し、年平均7%の成長率を実現する。リーマンショックの影響を受けて、  2009年には世界的な信用縮小が起き、ロシアから外資の流出が続くと、ロシア経済もマイナス成長に陥るが、2010年から再び原油高に転換し、ロシアの経済成長もプラスに転じる。
 原油価格依存で、内需主導の経済へ転換できない点に、ロシア経済が抱える問題がある。ロシア経済が安定的に発展できるかどうかは、原油以外の輸出産業を育成できるかどうかにかかっている。

・インド
 インドは、経常収支が常に赤字状態にある。12億という人口を養うために、インドは原油をはじめさまざまな物資を輸入に依存している。国外からの資本を受け入れることで国内の需要を賄っている状態だ。そのため、ルビーの通貨価値の維持が政策的に重要になる。
 だが、通貨価値を維持しようとすると、国内での金融緩和ができなくなる。ここにインド経済のジレンマがある。2008年以降、アメリカの量的緩和によってインドにも大量の資金が流入してきたが、インドは景気対策のために利上げが遅れて、激しいインフレに直面してしまう。それとともに通貨安も進む結果となってしまった。
 2013年、インド準備銀行総裁に就任したラグラム・ラジャンは、利上げを実施し、インフレ抑制とルピー価値の維持に努めている。経常収支が常に赤字であるインドにとっては、国内景気を多少犠牲にしてでも、通貨価値の維持を図る方がより重要という判断であった。この政策は、現在では、ある程度成功しているといえる。

・トルコ
 トルコは、固定相場制の下で外資に国債を購入してもらうことで財政を補っていた。しかし、大量の外資の流入は、インフレを招くことになる。さらに政府の放漫財政が重なり、トルコは1980年から2000年まで年平均64%という極めて高いインフレを経験する。
 トルコ政府は、固定相場制の維持のために、ドル・トルコリラのレートを毎年下げ続けた。だが、それも持ちこたえられず、2001年には金融危機が発生する。国債と通貨が暴落して、金融が麻痺し、トルコ政府はデフォルトに陥ってしまった。
 そのため、2001年からはIMFの管理下に置かれ、金融の建て直しが始まった。2002年の総選挙で公正発展党(AKP)が単独過半数を獲得して、小党乱立状態が終息し、政治が安定すると、その後は、奇跡的な経済復興を遂げる。
 2008年のリーマンショックを受けて、成長率が-4.83%に陥った2009年も、トルコ中央銀行がすばやく金融緩和を実施し、政策金利を16.25%から6.5%にまで下げることで、流動性不足を回避して経済危機を乗り切っている。

・ベトナム
 ベトナムは、冷戦構造に巻き込まれて90年代初頭まで、経済発展する余地が全くなく、経済は停滞していた。54年にジュネーブ条約で南北に分裂し、64年から72年までベトナム戦争を経験し、南北統一がなされるのは、ようやく76年だ。その後も、カンボジアのポルポト派との間の紛争と中国軍の侵攻が続く。状況が改善するのは91年のソ連崩壊以降だ。
 91年中国と和解し、92年には日本のODAが復活、95年にはASEAN正式加盟、アメリカとの国交正常化、2000年にアメリカとの通商協定が結ばれる。
その後は、財政難や20%近いインフレを経験しつつも、高い経済成長を維持している。

 日本は、こうした周辺諸国の政治、経済状況を見極めながら、どのような連携ができるかを考えていかなくてはならないだろう。
 これは言い換えれば、多角的な国際関係を築いていくことだ重要だということだ。間違っても、日米同盟だけに依存して中国との国境問題に対処しようとすべきではなく、日本が採るべき戦略は、集団安全保障が戦前のようなブロック化につながるのを防ぎつつ、多角化を目指すものでなくてはならない。

保守のバカ化

 日本はかつて大東亜共栄圏という東アジアと、太平洋全体を自国の生存圏に納めようとして、大きな誤りを犯した。著者は、戦前の日本の安全保障を誤らせた重要人物として近衛文麿の名前を挙げている。
 近衛文麿は、第一次内閣で、盧溝橋事件を支那事変に拡大し、中国との泥沼の戦争へと引きずり込んでいる。
 そして、第二次内閣では、ヒトラー、ムッソリーニと日独伊三国同盟を結び、アメリカの挑発を招くことになる。
 第三次内閣で対米交渉を混乱させ、対米英開戦が避けられない状況にした上で、3ヶ月で政権を放り出し、東条英機に内閣を引き継いだ。
その結果、日本は敗戦という大きな代償を払わされる結果となった。

 日本は、覇権主義やブロック経済、軍拡競争が、いかに自国の安全保障上、危険な戦略であるかを歴史から学んでいるはずだ。
 だが、日本の保守派は、ネトウヨが出てきて、バカ化が進むと、軍拡競争につながりかねない軍事強化を唱えたり、核武装を主張したり、領土の軍事的な奪還を説いたりと、明らかに、日本が割ける資源の配分とその優先順位を全く考慮しない戦略を掲げている。

 それに対し、著者は累積戦略に基づいた周辺諸国との経済的相互依存の強化を進めることが大事だという。
 累積戦略とは、小さな効果を少しずつ積み上げていく戦略のことだ。周辺国との経済関係の強化は、すぐに中国への抑止力につながるわけではない。だが、長期的にみれば、この方法が最も確実に日本の安全保障に寄与するはずだ。

 本書は、日本の周辺諸国を対中戦略という観点で捉えている点が新しい。
本書の題からしてそうだが、相変わらず煽りのような文章が多いのが玉に瑕だが、本書は、本来、日本の安全保障上重要な国であるにもかかわらず、国防の議論からは注目されることの少ないロシア、インド、トルコ、ベトナムの状況を手際よくまとめていて分かりやすい。一読の価値はあり。