市場は信頼できるのか? – 市場を信頼した18世紀とその信頼が崩壊した19世紀

市場ははたして信頼に足るものなのか?

 市場への信頼性という観点から振り返る経済政策の歴史 第1回

 第2回 第3回 第4回

市場への信頼 – 18世紀

 市場は、価格調整機能と資源の分配機能として最も優れた制度である―――
 このような市場への信頼は、いつから生まれたのだろうか?

 市場の働きを学問の対象としてはじめて科学的な観点から捉えたのは、18世紀イギリスの道徳哲学者、アダム・スミスである。彼は経済思想家である前に、人間の本性を追求した哲学者であった。
 彼の道徳思想を一言で言うなら、個々人は利己的であるが、公平な第三者の観点を内面化することで、社会秩序が形成されるというものだった。彼の経済思想は、この考え方が市場へとそのまま投影されたものだといえる。個々人は利己的に自己利益の追求を行うが、市場という公平な第三者の目を通すことによって、それが社会全体の発展につながる、と彼は考えた。その思想の根底には、人間の本性とは自由であり、人はおよそ命令では動かないという啓蒙思想的な人間観がある。

 個人の意志に反したり、強制して働かせても、作業効率は悪くなるだけで、結果、得られる利潤も少なくなる。したがって、経済的な効率性を考えるのであれば、自由意思に基づく自由な経済活動を行えばよい。だが、当時はこの考え方が素直に受け入れられたわけではない。
 18世紀までの前近代的商業資本は、地域に偏在する富を分配することがその経済活動の本質だった。地域的な価格差から利潤を得て、資本の蓄積を行ったが、社会全体の富を拡大したわけではなかった。利潤の追求のみを考えた経済活動は、商人同士、ひいては国家同士の対立を引き起こした。限られた資源をめぐる争いは、利潤追求の結果として避けられないものだった。

 だが、18世紀後半、産業革命が起きて、社会の富それ自体が、経済活動の結果として増大していくことが分かってくると、個人の利潤追求が生産力を高め、資本を増大させるという考えが生じるようになった。
 1760年代から生産技術が目覚ましく進歩していく。この産業革命がさまざまな生産分野に広がっていくと、自己の経済的利益を増大させようとするなら、生産における技術を革新し効率を上げていかなくてはならない。それは結果として社会全体の進歩をもたらす。

 アダム・スミスはこのような社会の変化を捉えて、経済活動の本質を次のように考えた。
 すなわち、個人利潤の追求は、争いや対立を生むものではなく、自由競争を呼び起こし、生産の効率化と富の増大をもたらす。社会全体の利益を考えるなら、個々人はそれを意識する必要はなく、自己利益のみ考えて行動すれば、結果において公共の利益は増大する。
 個人の利潤追求に基づいた自由な経済活動こそが、社会の発展をもたらす、というのがアダム・スミスの経済思想の根本だった。その時、自由競争の場として重要な役割を果たすものこそが「市場」である。そこには市場への絶対的な信頼が窺える。

 市場は、価格決定と資源配分においていかなる機関よりも優れた機能を持つ。生産者及び売り手は、利潤極大化行動を、消費者、買い手は、効用極大化行動を中心に経済活動を行うだけである。だが、市場は価格という指標を通じて、両者の間で資源の適切な配分を行う。
 この市場の機能を分析する学問として、近代経済学が成立する。

市場への不信 – 19世紀

 産業革命が進展して大量生産が可能になると、従来の手工業は価格競争に負けて没落していった。供給力の強化によって、市場はさらに発展し、労働者も市場によって調達されるようになり、労働市場が形成された。

 だが、市場が価格調整機能において万能ではないという疑いは、むしろ市場が発展するにつれて現れ、産業の発展とともに次第に強くなっていった。特にそれは労総市場において顕著に現れた。もし、市場の価格決定機能が正しいのであれば、労働者の賃金も労働市場における需要と供給の関係によって決定されるはずだ。だが、19世紀半ばまで、労働者が受け取る賃金は、その労働者が生きていけるだけのギリギリの水準、つまり、「生存水準」によって決まるという考えが一般的だった。

 1870年代になると経済学史上重要な新しい理論が登場する。この新理論は、限界革命と呼ばれている。この理論の登場を契機として、賃金の価格決定に新しい考え方がもたらされる。
 限界革命の考え方では、ある生産現場で、これ以上労働者を増やしても生産量が増えない、次第に逓減する状態を「労働の限界生産力」と呼ぶ。限界生産力に達している場合、資本家はこれ以上資金を投じても利潤効率が悪くなる。つまり、この理論に従えば、賃金は「労働の限界生産力」に等しくなる。したがって、生産の能率が上がれば、投資効率も上がり、賃金は上昇するはずである。だが、当時は、このような市場の働きは起こらなかった。生存水準に依拠して決められた賃金が、現実の姿だったのである。

 なぜ、賃金決定において市場が正しく働かないのか?この市場の機能不全に対して、その原因究明に挑戦したのがマルクス経済学だった。
 マルクスは、市場が正しく機能しない原因を市場の外部に求めた。資本家と労働者は、その社会的地位や力関係において決して平等ではない。高度に産業資本が発達した社会では、生産手段を資本家が独占していて、労働者は自らの労働力を売る以外に経済活動に関わる術がない。そのため、労働者は資本家の意思決定能力に抗うことができない。このため、賃金は市場の機能を通じてではなく、資本家の意志によって「労働者の生存水準」に一方的、かつ強制的に決められてしまうのだ。

 マルクスは、さらに、資本家は市場を通じて商品から得られる利潤を独占し、本来、労働者から生じた利潤を搾取していると考えた。そのため市場の価格決定機能そのものを否定し、計画経済を提唱する。

 このマルクス経済学は、市場の機能を否定したことによって、近代経済学と対極的な位置についた。マルクス経済学は、現在ではその理論的な過ちがさまざまに指摘されているが、19世紀後半から世界的に広範な影響力を持つことになる。それは、19世紀が市場の暴走した時代であったからだ。

 産業革命によって可能になった過剰な生産能力が、供給過多を生み出し、価格を暴落させ、恐慌を生み出す。そして、恐慌は大量の失業者を発生させ、社会不安を増大させる。マルクスは、資本主義経済ではこれを繰り返すと考えた。そして、実際に、それを防ぐ機能は、市場にはなかったのである。

 19世紀にすでに市場はまともに機能しなくなっていた。そのひずみは蓄積され、悲劇の20世紀をもたらす。

 20世紀前半の歴史はまさに、市場が暴走した時代と言えるだろう。世界恐慌による大量の失業者の発生、その社会不安を払拭するための全体主義の台頭、そして、その結果としての2度の世界大戦―――

 市場が正しく機能するためには市場そのものの改革が必要とされた。第二次世界大戦後は、ケインズ経済学に基づく修正資本主義が主流になり、市場の信頼性を取り戻していく。
 一方のマルクス経済学は、近代経済学の根本命題、すなわち、人はおよそ命令では動かないという人間観を完全に無視した。計画経済は人々の自発性を無視し、自由な行動を制限する。マルクス経済学の失敗は、市場の合理性を否定したことではなく、人間性の根本を見誤ったことにあると言っていいだろう。結果として計画経済は、経済の拡大だけでなく、社会の発展にも失敗したのである。

 だが、現在においても、市場の抱える問題がすべてなくなったわけではない。市場は全能ではない。19世紀に市場不信をもたらした問題の本質である所得の分配に関して、近代経済学の側においても、未だ20世紀に入っても決して明確な答えを得たわけではなかった。
 21世紀に入って資本主義の歪みが徐々にその姿を現し始めている。20世紀の経済政策は、市場機能の修正と改善の歴史だった。20世紀に資本主義が生き残ったのは、絶えざる改革のおかげであり、それがなければ、あるいは紙一重のところで崩壊していたかもしれないのである。

参考図書

飯田経夫『経済学誕生』(1996) ちくま学芸文庫