五輪を契機に明るみに出た東京の水質問題
2019年8月、東京五輪のトライアスロン競技のテスト大会が実施されたお台場海浜公園で、水質をめぐる問題が浮上した。参加選手の間からは「悪臭がする」「水が濁っている」といった苦情が相次ぎ、大会後、同会場の水質に関する報道が急増した。
お台場海浜公園は、東京湾に面した東京都港区のお台場地区に位置する人工海浜で、東京2020大会ではトライアスロンおよびパラトライアスロンの正式競技会場に指定された。しかし、東京都のこれまでの水質調査では、競技団体が定める衛生基準を超える大腸菌類の検出例が複数報告されており、安全性に疑問の声が上がっていた。
都の発表などによると、問題の背景には下水処理インフラの構造的な課題がある。東京23区の多くでは、雨水と生活排水を同一の下水管で処理する「合流式下水道」が採用されている。
通常時は処理施設に送られて浄化されるが、大雨の際には処理能力を超えた汚水がそのまま河川や湾岸に放流される「越流水(オーバーフロー)」の問題が発生している。これにより、雨天後には海域の水質が急激に悪化する恐れがある。
都は対策として、2017年から複数の水質改善策を実施。海底に設置された膜や水中スクリーンで汚染物質の流入を抑制する試みが進められてきたが、根本的な改善には至っていない。特に大腸菌群数や腸球菌数などの指標については、雨天時に大幅に基準値を超えるケースが確認されている。
一方で、水質検査が主に晴天時に行われている点についても批判が出ている。都が実施する水質検査は、一般的に天候が安定しているタイミングで実施されることが多く、その場合は比較的良好な結果が得られやすい。しかし、大会本番においても晴天が保証されるわけではなく、「検査の時期や条件が実態を正確に反映していないのではないか」との懸念が関係者の間で広がっている。
日本トライアスロン連合(JTU)や国際トライアスロン連合(ITU)は、大会前から水質基準を厳格に設定しており、1ミリリットルあたりの大腸菌群数が1000未満であることを条件の一つとしている。しかし、都の水質データではこれを大幅に上回る値が確認された事例も報告されている。
他国の都市との比較から浮かび上がる課題
海外では、合流式下水道のリスクに対する対応が進んでいる都市も少なくない。
たとえば、ニューヨーク市では1990年代以降、合流式下水道による越流水の発生を抑えるため、貯留施設や雨水タンクの整備が積極的に行われており、越流水の年間回数と排出量は段階的に減少している。
また、ロンドンでは「テムズ・タイドウェイ・トンネル」と呼ばれる全長25キロを超える巨大下水トンネルの建設が進められ、2020年代後半には下水の未処理放流が大幅に削減される見込みとなっている。
一方で日本では、都市部におけるインフラの老朽化や地上空間の制約などから、抜本的な更新が進みにくい現状がある。結果として、豪雨時の合流式下水道による越流水問題が長年放置され、東京湾のような閉鎖性の高い海域では汚濁が蓄積しやすい構造となっている。
合流式下水道の課題と今後の展望
日本国内では、戦後の高度成長期に敷設された合流式下水道がいまだ全国の都市部に多く残されている。国土交通省の資料によれば、全国の下水道整備区域のうち、およそ13%が合流式に該当し、東京都23区内では約80%以上がこの方式で運用されているとされる。
こうした状況を受け、国や自治体は段階的な改善を進めている。東京都では、合流式から雨水と汚水を分離する「分流式」への転換が一部で進められており、加えて、貯留槽や雨水滞留施設の整備によって一時的なオーバーフローを抑制する施策も取られている。しかし、全面的な切り替えには莫大な費用と長期の工期を要するため、現状では「応急措置的な改善」にとどまっている。
五輪を契機に明るみに出た今回の水質問題は、東京都の下水処理体制の限界を象徴する出来事となった。国際的な都市競争力や環境都市としての信頼性を維持するためにも、単なるイベント対応にとどまらず、持続可能なインフラ整備に向けた長期的な取り組みが求められている。
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