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循環する海と人の暮らし:里海から考える地域再生 – 井上恭介・NHK「里海」取材班『里海資本論』

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井上恭介・NHK「里海」取材班『里海資本論 – 日本社会は「共生の原理」で動く』(2015)

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「里海」という新しい視点

 「里山」は、人の手が入ることによって生物多様性を維持している。同様に、「里海」もまた、人が手を加え、資源を活用し、生活の場として利用することで、豊かな生態系が形成されている。

 本書は、前作『里山資本主義』の続編である。前作では里山における森林資源の新たな活用が取り上げられていたが、本作では「海」を舞台としている。

 海の資源を人が利用しながら、それが同時に海の環境保全にもつながっていく———
 そのような取り組みが、本書では紹介されている。

瀬戸内海での取り組み

 瀬戸内海は、一時期「赤潮の海」だった。汚染で水の透明度が低く、光が海底になかなか届かなかった。
 工場や人が出す「排水」が原因だ。排水の中には、「窒素」や「リン」が大量に含まれている。窒素やリンが大量に海に流れ込むと、海は富栄養状態になる。すると今度は、窒素やリンで増えるプランクトンが大量に発生する。プランクトンが酸素を大量に消費すると、海がいわば「窒息」する。これが「赤潮」という現象だ。
 赤潮が発生すると、海藻や魚介類は死滅していく。さらには、それまでほとんどいなかった毒性のプランクトンまでが異常発生する。1970年代には、年間で300回近くの赤潮の発生が記録されている。

 この状況を救ったのが、地元の漁師たちによって作られたカキ筏だ。カキ筏で養殖されるカキには、人工のエサは一切必要ない。赤潮の原因となる窒素やリンなど、水中のいわゆる「富栄養化物質」を食べるからだ。カキは「天然の濾過装置」となっている。

 カキの養殖が広まると今度は、海底に海藻の一種であるアマモが育つようになる。
 海底にカキ殻があると、アマモは根を張りやすくなる。さらに、海底に堆積した微細な粒子がカキ殻によって舞い上がりにくくなり、海面からの光が海底まで届きやすくなることで、生育環境が改善されていく。

 アマモは、最初の1年は枯れてしまう「一年草」だが、一度定着すると「多年草」として海底に根を張り、毎年新しい芽を出すようになる。やがて海はアマモの森となる。

 アマモにはカリウムが豊富に含まれており、これを陸に引き上げて肥料として再利用することで、海から陸への栄養循環が生まれる。陸から川を伝って海へと流れ込んだ窒素・リン・カリウムが、アマモを介して再び陸へと戻る。この過程により、陸と海の間に自然な物質循環が形成されているのである。

 人は、海の資源としてカキを養殖し、アマモを肥料として活用している。これが結果的に、海に新たな生態系を生み出し、環境保全にもつながっている。人間もまた、生態系の一部であるという事実を改めて認識させられる。

 従来の資本主義は、自然を開発し、一方的に資源を収奪する構造であった。だが、ここで紹介されている「里海」の取り組みは、人間が資源を活用することで生態系が維持され、環境が改善されていく。
 「里海」のこのような仕組みは、従来の資本主義とは異なる経済の在り方の可能性を示してくれているのかもしれない。

井上恭介・NHK「里海」取材班『里海資本論 – 日本社会は「共生の原理」で動く』(2015)

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