市場は信頼できるのか? – 大衆民主主義によって失われた政府への信頼

市場ははたして信頼に足るものなのか?

 市場への信頼性という観点から振り返る経済政策の歴史 第3回

 第1回 第2回 第4回

大衆民主主義によって失われた政府への信頼

修正資本主義と福祉国家の登場 – 新古典派総合

 第二次世界大戦後、経済学の主流となったのはケインズ学派だった。資本主義各国は、相次いでケインズ政策を導入し、社会保障制度を整えていった。東西冷戦下、西側諸国は、このケインズ主義と社会主義政策を部分的に導入することで、福祉国家として経済発展を遂げていく。

 ケインズ主義と福祉国家の登場によって、資本主義は大きくその姿を変えることになった。市場における自由な経済取引を前提とするが、市場の安定のために政府が金融財政政策を通じで積極的に介入する。この修正資本主義が戦後経済の基本となった。
 この混合体制の経済を理論的にまとめたのが、ポール・サミュエルソンである。彼は、アダム・スミス以来の古典派経済学にケインズのマクロ経済学を統合した理論を打ち立てた。そのため、この理論は新古典派総合と呼ばれる。経済理論というより政策論としての性格が強いものであったが、1960年代を通じて強い影響力を持った。
 だが60年代末頃から、アメリカ経済は新たな難問に直面し始める。インフレーションと財政赤字が拡大の一途を辿り始めるのである。

ケインズ政策の限界

 ケインズ政策が革新的であったのは、均衡財政を否定し、景気後退期には積極財政を行い、財政赤字を認めたことにあった。だが、その政策の問題点も、結局のところ同じところに集約された。財政赤字を容認したとして、では、その財政赤字からの脱却はどのようになされるのか?ケインズ経済学からはその点に関しての明確な回答がなかったのである。
 もし、不況時に赤字財政を容認したとすれば、逆に好況時には財政赤字を解消し、財政を黒字化させなくてはならない。総需要が総供給を上回れば、経済全体は回復傾向に向かう。それは、好景気を発生させ、総需要が拡大を続けていく。だが、この拡大傾向は、しばしば適切な域を超えて過剰となり、景気を過熱させインフレ(物価上昇)を招く恐れがある。したがって、その際には政府は景気の引き締めを行わなくてはならない。具体的には、増税によって個人消費や企業の設備投資を抑え、財政支出を減らして総需要を抑制する。
 ところが、この引き締め政策は政府にとって実施するのが非常に難しい。国民、特に大企業を中心とした経済界からの支持が得られにくいからだ。民主政治の下では、政権の政策実行能力が、国民の支持によって担保されている。政府が政策の合理性より、国民の支持を優先する状態を大衆民主主義と呼ぶが、戦後、普通選挙を実現した西側諸国は、60年代以降、徐々にこの大衆民主主義的様相を多かれ少なかれ呈し始めていた。

 大衆民主主義の政治の中では、赤字財政は極めて実行しやすいのに対し、黒字財政の実現は極めて難しい。不況時にいったん財政赤維持を容認し、財政支出の拡大と金融緩和を行うと、その後に景気が回復しても、現実には政策の転換が実行できない。つまり、一度財政赤字を容認するとその解消は容易ではない。政策転換ができず、好況時にまで総需要を刺激し続ければ、インフレーションは避けられない。実際、60年代から70年代には、断続的なインフレーションがアメリカをはじめとした西側諸国で問題化し始めていたのである。

 ケインズ政策の最大の問題は、財政赤字と政府部門の増大に歯止めがかからない、という点にあった。70年代にはその問題が表面化し始めていた。均衡財政の原則を一度放棄し、積極財政を実施すると、大衆民主主義の下では、財政規模が経済成長の範囲を超えて膨張し始める。経済活動において、政府部門が肥大化し、民間部門を侵食するようになる。
 新古典派総合の理論的欠陥もここにあった。この理論では、政府の役割は、財政政策を通じて完全雇用を実現、維持することにある。雇用を保護すること以外の経済活動は、すべて市場原理に任せ、民間の自由な経済活動を促すことになっている。政府と民間の役割が明確に分離していることがその理論の前提なのである。
 だが、実際は、大衆民主主義のもとでは、選挙民と政治家の要求によって政策の転換は困難になり、政府部門と民間部門が癒着して、合理的な経済活動を阻害した。

スタグフレーションの出現と市場機能の見直し

 一般的な傾向として、好況時には失業者が減り、物価は上昇する。失業率の低下は、人手の不足を意味している。それは、賃金の上昇を招く。賃金が上昇すれば、それに伴い生産費用が増加し、結果として、物価の上昇につながるのである。つまり、失業率が低下すると物価上昇率は上昇し、逆に、失業率が高くなれば、物価上昇率は下がる傾向にある。この関係性をフリップス曲線(Phillips Curve)と呼ぶ。
 この関係性が一般的に成り立つとすれば、これはかなり深刻なことを意味している。失業率と物価上昇率が逆相関関係にあることを示しているからだ。
 政府が完全雇用を実現するためには、物価安定を犠牲にし、ある程度の物価上昇、インフレを容認する必要がある。逆に物価の安定を重視すれば、完全雇用を諦め、失業者の増加を許容なければならない。完全雇用と物価安定は同時に実現できない。この二つは両立できない関係(trade-off)にある。
 これはケインズ政策の限界を示していた。

 失業率と物価上昇率の逆相関関係を否定し、自然失業率仮説を提唱したのが、ミルトン・フリードマンだ。自然失業率とは、物価上昇率とは無関係に一定水準に留まる失業率のことだ。政府がどれほど総需要政策を行い、物価上昇を実現しても、短期的には物価上昇率の増加に伴って名目賃金は上昇するが、長期的には実質賃金の上昇を必ずしも伴うわけではなく、物価の上昇に失業率を下げる効果がなくなっていく。

 むしろ、物価上昇率の増加に失業率低下の効果がなくなっているにもかかわらず、政府が総需要政策を続けると、失業率が改善しないまま、インフレが進むことになる。フリードマンは、ケインズ政策による政府の介入は、かえって市場を混乱させるだけだと批判した。

 実際、70年代にイギリス、アメリカの経済大国で、二桁のインフレ率と失業率が同時に進行した。景気が後退し、失業率が高いまま、物価上昇が進む状態を、スタグフレーションと呼ぶ。政府による総需要対策が効果を現さなくなった時期に、オイルショックが重なり、先進国でスタグフレーションが深刻化していく。

 70年代には、インフレーションを問題にする新古典派経済学と総称される保守派の理論がケインズに代わって影響力を持ちはじめた。
 1930年代には、世界経済は、需要不足により、膨大な休眠設備と大量失業を生み、政情不安をもたらした。それが今度は、半世紀も過ぎないうちに、逆に過剰な総需要を生んで、それに起因するインフレーションと一向に改善しない失業率に直面することになったのである。そこで、市場の機能が再度見直されていくことになるのである。

参考図書

飯田経夫『経済学誕生』(1991)