Qアノンとは何か? ― 陰謀論とアメリカ政治の深層
- 都市封鎖抗議者(anti-lockdown protesters)
- マスク反対論者(anti-maskers)
- 地球平面論者(flat earthers)
アメリカでは、常識からは一線を画す主張を掲げる集団がたびたび登場してきた。その中でも近年、特に注目を集めているのが「Qアノン(QAnon)」と呼ばれる陰謀論集団である。
Qアノンの起源と基本構造
「Qアノン」とは、「Q」と名乗る匿名人物がインターネット掲示板に投稿した陰謀論を信奉する人々の総称である。「Q」は「Q Anonymous(氏名不詳のQ)」の略とされる。
この陰謀論の発端は2017年10月、米国の掲示板サイト「4chan」に突如現れた「Q」と名乗る投稿者が、政府の極秘情報にアクセスできる立場であると主張しながら、一連の陰謀論を展開し始めたことに始まる。
Qアノンの中心的な主張
Qアノンの核となる主張は以下のようなものである。
- バラク・オバマ元大統領、ヒラリー・クリントン元国務長官、ジョージ・ソロス氏など民主党系の有力者や金融・官僚エリートは、アメリカを密かに支配しようとする「影の政府(Deep State)」を形成している。
- ドナルド・トランプ大統領は、この「影の政府」との戦いのために、あえて大統領に就任し、秘密裏に彼らを打倒しようとしている。
このような世界観を前提に、Qアノンはさらに過激で荒唐無稽な陰謀論を多数展開している。
Qアノンが主張する陰謀の例
Qアノン信者の間で広まっている主張の一部を挙げると、次のようなものがある。
- 前回の大統領選におけるロシア介入疑惑は、実はトランプ自身が意図的に捏造したものであり、その真の狙いは、民主党による陰謀を暴くことにあった。ロバート・モラー特別検察官は、表向きはトランプを捜査しているように見せかけながら、実際にはヒラリー・クリントンをはじめとする民主党議員によるクーデター計画を密かに追及している
- ウィキリークスによる内部文書の暴露を受けて、民主党全国委員会(DNC)の委員長を辞任したデビー・ワッサーマン・シュルツは、東欧系のギャングを雇い、DNC内部の告発者であるスタッフを殺害させた黒幕である。
- トランプに批判的なジョージ・クルーニーやトム・ハンクスらリベラル系ハリウッド俳優は小児性愛者で、人身売買ネットワークに関与している。
- 北朝鮮の金正恩はCIAが創出した傀儡である。
- ドイツのメルケル首相はヒトラーの孫である。
- ロスチャイルド家は悪魔崇拝の中心的存在である。
これは、ネット上の単なる悪ふざけではない。実際に、Qアノン支持者の間では真剣に!信じられているのだ。
社会への広がりと影響
2018年頃には、トランプ支持者の集会などで「Q」の主張を支持するプラカードを掲げる人々が現れ、Qアノンの存在が現実の政治運動へと発展していることが確認された。彼らは「真実を知る者」として強い使命感を持ち、行動を共にする。
・自らQアノンであることを示す人々
思想的傾向と背景
Qアノンは、強烈なトランプ支持者たちで、共通する思想的傾向には、以下のような特徴が見られる。
- 極右思想:中央政府への敵対的姿勢(反連邦主義)
- 反エリート主義:支配階層に対する根強い不信(草の根的運動)
- 反ユダヤ主義:歴史的に根強い「黒幕」思想(陰謀論)
- 反移民主義:自民族優越的な傾向(排外主義)
2020年11月の大統領選を控えて、QAnonの活動は、ますます活発になり、米国内外で注目を集めるようになっている。
荒唐無稽に見えるその主張の背景には、現代アメリカ社会における不満、分断、不信が複雑に絡み合っている。Qアノンとは単なる陰謀論ではなく、アメリカの分断と政治不信を象徴する現代的な現象なのである。
「Q」とは誰か? ― 謎の発信者とその正体
Qアノンの中心的存在である「Q」とは何者なのか――。
Qの登場は、2017年にネット掲示板「4chan」で始まった。「Q」を名乗る投稿者は、自らが米国政府の機密情報にアクセス可能な「Qクリアランス(Q clearance)」という最高レベルの軍事機密保持資格を持つ人物であり、国家の軍事会議にも関与していると主張した。そしてその立場から、民主党政治家や政府高官による陰謀の存在に気づき、それをネット掲示板で“告発”したという。
Qアノン支持者たちは、「Q」が単なる個人ではなく、政府内部で不正と戦う匿名の複数人による集団であると信じている。そして、ドナルド・トランプ前大統領はその「Q」からの指示を受け、大統領として行動していたというのが彼らの主張である。
しかし、ここで押さえておくべき重要な点がある。
これらの情報はすべて匿名掲示板上の投稿にすぎず、Qの正体について公式な裏付けや証拠は一切存在しない、ということだ。投稿の場は4chanから8chan、さらに他の掲示板へと拡大していったが、投稿ごとにID(IPアドレス)も異なり、「Q」が同一人物なのか、複数人なのかは全く不明である。いずれにせよ、その実在性を証明する手段はなく、すべては掲示板上の話にとどまっている。
それにもかかわらず、Qアノン支持者たちは「Q」が機密情報を扱う立場にあり、米軍または情報機関に所属する実在の人物であると信じて疑わない。
政治不信と“ディープ・ステート”という敵
Qアノンの陰謀論の核心には、「ディープ・ステート(Deep State)」と呼ばれる存在がある。
Qによれば、ディープ・ステートとは、民主党系の大物政治家、高級官僚、金融界・財界の上層部が密かに結託して形成した“影の政府”である。これは「国家内の国家(deep state)」として、合法・非合法を問わず、米国政府の実権を裏から操っているというものだ。
Qアノンの世界観では、たとえば政府が少数派や移民の権利を拡大しようとする政策を推進するのも、すべてこのディープ・ステートの暗躍によるものであるとされる。
このような発想は、実はまったく新しいものではない。フリーメイソン、イルミナティ、ユダヤ財閥といった“秘密結社”の存在が陰謀論の中で語られてきたのと同様の構図であり、今回それが「リベラル系エリートの秘密組織」という形で再登場したにすぎない。そして、唯一この組織に敢然と立ち向かっている“救世主”として描かれているのが、トランプ大統領というわけである。
加えて「Q」もまた、こうした“秘密結社”に対抗する側の内部組織であるという位置づけになる。つまり、善と悪、正義と腐敗の対立という、極めて単純化された構図が展開されている。
陰謀論はなぜ信じられるのか?
それでは、なぜこのような荒唐無稽ともいえる陰謀論が、一定層に広く受け入れられてしまうのか。
背景には、以下のような社会的・心理的要因があると考えられている。
- メディア不信:アメリカでは特に保守層を中心に、大手報道機関やマスメディアに対する不信感が根強い。
- 宗教的傾向:アメリカは先進国の中でも宗教的信仰が強く、個人の思想・信条が科学的合理性を上回ることが少なくない。
- 社会不安:新型ウイルスの流行による経済・社会不安が増大する中で、人々は不満や恐れのはけ口として“スケープゴート”を求めやすくなっている。
- 政治的焦燥:2020年の大統領選を控え、保守派の間で現状への焦りや危機感が強まっていた。
このように、陰謀論が信じられるための“土壌”はすでに整っていた。その中で、Qアノンのような物語性の強い陰謀論が登場したことにより、あっという間に拡散していったのである。
少なくともトランプ政権が続く限り、この運動が沈静化する兆しは見えない。
・コロナウイルスのパンデミック下で、QAnonの陰謀論が急速に広まっている様子を伝えるBBC。
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