名付け – その絶望的な日本の感性。。。#1
『マイナンバー』と“マイ”の悲劇
日本がまだ経済成長を続けていた1960年代後半、自動車の購入は特別なことではなくなり、多くの人々が自家用車を手にするようになった。そんな時代に登場した流行語が「マイカー」である。
高度経済成長期以前、車は個人が所有するものではなく、企業が業務用に購入するのが一般的だった。これを「社用車」と呼んだ。しかし、可処分所得が増えるにつれ、一般家庭でも車の購入が可能になり、「自家用車」という言い方が定着していく。そこに英語を借りて“おしゃれ”にしたのが「マイカー」だった。
ところが、この言葉は本来の英語感覚とはかけ離れていた。
あるテレビ番組の司会者が、渋滞中の国道の映像を見て、こんなことを言った。
「皆さま、ご覧ください。たくさんのマイカーが、どこまでも長い列を作っております。」
——それ、全部あんたの車なのか?!
英語の “my car” は「私個人の車」を意味する。つまり「マイカーがたくさん並んでいる」という表現は、「私の車がたくさんある」事態になるはずだ。
当時の日本人は、「マイカー」に何の違和感も抱かなかった。おそらく、今でもそうだろう。
同じように、当時よく交わされていた会話。
「お前、最近マイカー買ったんだって?」
「ああ、ちょっと高かったけどな。でもこれからはマイカーの時代だ。お前もマイカー買ったらどうだ?」
——いや、訳がわからない。自分の車を他人に売って、また買い戻すのか?
そしてこの時代、「マイホーム」という言葉も同様に流行する。
「ちょっと郊外だけど、マイホーム建てたんだ。」
「おお、ついに建てたのか。おめでとう。」
「今度、うちのマイホームに遊びに来ないか?」
「いいのかい?じゃあ、今度の休みにお前のマイホームにお邪魔させてもらうよ。」
……完全に言語感覚が混線している。
現代では、さすがに「マイカー」「マイホーム」という言葉を使う人は減ったが、「マイカーローン」のような表現は、今でも根強く残っている。
英語の「my」と日本語の「わたし」
ここで指摘しておきたいのは、日本人の多くが英語の所有格や人称の使い方を根本的に誤解しているという事実だ。
英語において「my」「your」などの所有格、「I」「you」などの人称代名詞は、常に発話者の視点を基準として意味が固定されている。これは、どんな文脈でも変わらない。
一方、日本語はどうか。指示代名詞や人称の使い方が、状況や話し手・聞き手の関係性によって流動的に変わる。つまり、日本語は指示する対象が文脈に依存している。それが日本語の柔軟性であり、同時に曖昧さにもなっている。
そして「マイナンバー」へ
このような言語感覚のまま、現代日本が導入したのが「マイナンバー」だ。「my number」とは言っても、それは国家が付与した管理番号であり、所有権や選択権は本人に一切ない。実質は「ユアナンバー」か「ゼイナンバー」である。
にもかかわらず「マイナンバー」と呼ぶこの命名――ここに、日本人の英語感覚の危うさ、そして“自分のもの”と“与えられたもの”の区別すらつかない言語的絶望が表れているのではないだろうか。
Yuriko K. 「都民のみなさまに、マイナンバーを積極的に活用していただいて、デジタルのパワーを活かしたサイバーガバメントにビッグなシフトチェンジをアグレッションしてまいりたいと思います。ぜひ、マイナンバーのご利用を。」
Yurikoさん、あなたの番号をみんなで使ってどーするの?個人情報漏れますよー
言葉に対する無自覚が、社会を鈍らせる
中学生レベルの英語の基礎概念が理解されていないことは、単なる語学力の問題ではない。私たちの社会がどれだけ言葉に無自覚であるか、その象徴なのだ。「マイ」と言った瞬間に、誰の視点で語っているのかが曖昧になる日本社会。こうした言語感覚の曖昧さは、個人の話し方にとどまらず、制度設計や公共のコミュニケーションにまで影響を及ぼしているとすれば、決して軽視できる問題ではない。
しかも、この言語への無自覚は、むしろ昭和よりも令和になってからの方が深刻化している。いわゆる“意識高い系”のカタカナ英語は、この20年ほどで爆発的に増殖した。言葉の意味や背景を考えず、ただ雰囲気や流行に流されて使われる語彙。そうした「思考を伴わない言葉」が、社会の議論や制度の設計そのものを空洞化させているのだ。
そーむしょーのエライ人「行政の効率化、国民の利便性の向上、税負担の公平・公正な社会の実現のため、マイナンバー制度の導入を決定いたしました。今後、国民の一人一人に番号を振って、マイナンバーの利用を義務化します。」
。。。
マイナンバー。。。こ、これは、ホントの意味でのマイナンバーなんじゃないのか。。。
総務省のエライ人「国民は、われわれの番号を使え。。。マイ(総務省の)ナンバーを。。。」
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