停止後も続く原子炉の危険性
福島第一原子力発電所の事故は、日本の歴史に類を見ない未曾有の被害をもたらした。その被害は、事故が起きてから4年近くを経た今でもなお続いている。
原子力発電所における事故を考えるとき、まず理解しておかなければならないことがある。それは、原子炉は停止すれば安全になるというものではない、ということだ。
火力発電所であれば、燃料の供給を止めれば燃焼による発熱も止まる。しかし、原子炉はそうはいかない。核分裂反応を停止した後も、炉心や取り出された使用済み燃料は「崩壊熱」と呼ばれる熱を発し続ける。そのため、原子炉を停止した後も、長時間にわたって冷却を維持しなければならない。
原子炉を緊急停止しても、核燃料から発生する崩壊熱はすぐにはなくならない。冷却機能が失われれば、燃料の温度は上昇し、炉心溶融(メルトダウン)に至る可能性がある。つまり、原子炉にとって本当に重要なのは、核分裂反応を止めることだけではなく、停止後も燃料を冷却し続けることなのだ。
さらに、燃料棒の被覆管に使われている「ジルカロイ」というジルコニウム合金は、高温になると水蒸気と化学反応を起こし、水素を発生させる。この反応は発熱反応でもあり、燃料の温度上昇をさらに加速させる要因となる。
発生した水素が原子炉圧力容器や格納容器から漏れ出し、原子炉建屋内で空気中の酸素と混ざれば、着火によって水素爆発が起こる恐れがある。実際、福島第一原発では1号機、3号機、4号機で水素爆発が発生し、原子炉建屋の上部が大きく破壊された。
こうした事故で忘れてはならないのが、原子炉の炉心だけでなく、使用済み燃料プールにも危険が存在するということだ。
使用済み燃料は、原子炉から取り出された後も崩壊熱を発し続けるため、プールの水で冷却しなければならない。冷却機能が失われ、水温が上昇して水位が低下すれば、燃料が水面から露出する危険性がある。そうなれば、燃料の温度が上昇し、損傷や放射性物質の放出につながる恐れがある。
福島第一原発事故では、原子炉の炉心冷却だけでなく、使用済み燃料プールの冷却維持も重要な課題となった。特に4号機では、原子炉が停止中で炉心に燃料がなかった一方、使用済み燃料プールには大量の燃料が保管されていた。建屋の水素爆発によってプールの状態を確認することも難しくなり、現場では重大な懸念が生じた。
このように、原子力発電所では、原子炉を停止した後も複数の場所で冷却を維持しなければならない。しかも、事故によって電源や計測設備が失われれば、冷却だけでなく、燃料の状態を把握することさえ困難になる。
原子力発電所の危機管理が、他の発電施設とは根本的に異なる理由は、まさにここにある。
連鎖的に発生する危機
原子力発電所の重大事故では、一つの設備の故障が別の問題を引き起こし、被害が連鎖的に拡大する可能性がある。
その代表的なものが、炉心溶融、水素爆発、使用済み燃料プールの冷却機能喪失という三つの問題だ。それぞれは独立した危険性を持つが、事故の状況によっては相互に影響し、原子力災害をさらに深刻化させることになる。
1. 炉心溶融(メルトダウン)
定義
原子炉が緊急停止すると、核分裂の連鎖反応は抑制される。しかし、核燃料に含まれる放射性物質は、その後も崩壊熱を発生させ続ける。
この熱を十分に除去できないと、燃料棒の温度が上昇し、燃料被覆管や燃料そのものが損傷・溶融する。こうして炉心の構造が崩れ、核燃料が溶け落ちる現象を「炉心溶融」と呼ぶ。
何が起こるのか
- 燃料棒を覆うジルカロイ製の被覆管が高温になり、酸化や損傷が進む。
- 被覆管が破損し、燃料ペレットから放射性物質が放出される。
- さらに温度が上昇すると、燃料や炉心内部の構造物が溶融する。
- 溶融した燃料が原子炉圧力容器の下部に集まり、容器を損傷させる可能性がある。
- 溶融物が格納容器内に落下すれば、格納容器にも深刻な影響が及ぶ恐れがある。
主な危険性
- 放射性物質が原子炉圧力容器や格納容器の外部に放出される可能性がある。
- 高温の溶融物が水と接触すると、水蒸気爆発などを引き起こす恐れがある。
- 格納容器の損傷や放射性物質の大量放出によって、広範囲の環境汚染につながる可能性がある。
2. 水素爆発
発生の仕組み
炉心溶融に至るような高温状態では、燃料棒の被覆材であるジルカロイ(ジルコニウム合金)が水蒸気と反応し、水素を発生させる。
この水素が格納容器などから漏れ出し、原子炉建屋内で空気中の酸素と混ざると、着火によって爆発する可能性がある。
主な影響
- 爆発による原子炉建屋の破壊
- 建屋内部の配管や設備の損傷
- 作業員の安全確保や事故対応の困難化
- 建屋内に存在する放射性物質の環境中への拡散
福島第一原発では、1号機、3号機、4号機で水素爆発が発生した。特に1号機と3号機では、炉心損傷に伴って発生した水素が爆発の原因となった。4号機については、隣接する3号機から水素が配管を通じて流入したことが原因と考えられている。
3. 使用済み燃料プールの冷却機能喪失
概要
使用済み燃料は、原子炉から取り出された後も放射性物質の崩壊によって熱を発し続ける。そのため、専用の使用済み燃料プールに水中で保管し、継続的に冷却する必要がある。
プールの水には、燃料を冷却するだけでなく、放射線を遮蔽する役割もある。
主な危険性
- 冷却設備が停止すると、水温が上昇する。
- 水が蒸発したり、漏出したりすると、水位が低下する。
- 燃料が水面から露出すると、十分な冷却ができなくなり、燃料の温度が上昇する。
- 燃料が損傷すれば、放射性物質が環境中に放出される恐れがある。
構造上の問題点
- 使用済み燃料プールは、多くの原子力発電所で原子炉建屋内の上部に設置されている。
- 建屋が爆発や地震で損傷すれば、プールの健全性や冷却設備にも影響が及ぶ可能性がある。
- プールには、原子炉内の燃料よりも多くの燃料が保管されている場合があり、事故時には大きな熱源となる。
ただし、建屋が破壊されたからといって、直ちにプールの水が失われるわけではない。実際の危険性は、プール本体の損傷、水位、冷却設備の状態などによって異なる。
事故の連鎖と相互作用
ここまで説明した三つの危険性は、次のような形で連鎖する可能性がある。
- 冷却機能の喪失
- 電源喪失や設備故障によって冷却水の循環が停止する。
- 崩壊熱を十分に除去できず、炉心温度が上昇する。
- 炉心溶融(メルトダウン)
- 燃料被覆管が高温になり、水蒸気との反応によって水素が発生する。
- 燃料や炉心内部の構造物が溶融する。
- 水素の蓄積と爆発
- 発生した水素が格納容器などから漏れ出し、建屋内に蓄積する。
- 着火によって水素爆発が起こり、建屋や設備が損傷する。
- 使用済み燃料プールへの影響
- 電源喪失や設備の損傷によって、プールの冷却機能が失われる。
- 水温上昇や水位低下によって、燃料損傷の危険性が高まる。
- 放射性物質の放出
- 炉心や使用済み燃料の損傷、格納容器や建屋の機能低下などによって、放射性物質が環境中に放出される恐れがある。
- 広範囲の環境汚染や住民の避難など、社会全体に深刻な影響が及ぶ。
ただし、これは事故の進行を理解するための概念的な整理であり、すべての事故でこの順序どおりに事態が進むわけではない。水素爆発と使用済み燃料プールの損傷も、必ずしも一連の因果関係にあるわけではない。
福島第一原発事故で実際に起きたこと
福島第一原発事故では、号機ごとに事故の進行や設備の状態が異なっていた。
- 1号機:炉心溶融が発生し、水素爆発によって原子炉建屋上部が破壊された。
- 2号機:炉心溶融が発生した。1号機や3号機のような建屋の水素爆発は起きなかったが、格納容器の損傷などによって大量の放射性物質が放出された。
- 3号機:炉心溶融が発生し、水素爆発によって原子炉建屋上部が破壊された。
- 4号機:事故当時、原子炉は定期検査中で、炉心内に燃料はなかった。しかし、3号機から水素が流入し、原子炉建屋で水素爆発が発生した。使用済み燃料プールについては冷却機能が一時停止したものの、燃料の大規模な損傷には至らなかった。
福島第一原発事故を振り返ると、原子炉を停止することと、原子力発電所の危険を取り除くことは、まったく別の問題であることが分かる。
核分裂反応を止めても崩壊熱は残り、炉心を冷却し続けなければならない。さらに、原子炉から取り出した使用済み燃料も、長期間にわたって管理する必要がある。つまり、原子力発電所は発電を終えた後も、なおエネルギーを制御し続けなければならない施設なのだ。
私たちは普段、発電所を電気をつくるための施設として考えている。しかし、原子力発電所の本質は、膨大なエネルギーを生み出すことだけではない。そのエネルギーを止めた後も、長期間にわたって安全に管理し続けることにある。
原子力発電の安全性を考えるとは、発電している間だけでなく、停止した後に何が起こるのか、そして事故を起こした場合、その後の管理にどれほどの労力と費用がかかるのか、そこまで考えなくてはならない。
参考
桜井淳『新版 原発のどこが危険か』朝日新聞出版 (2011)





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