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なぜ「有事の円買い」は起こるのか?地政学リスクで日本円が買われるワケ

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「有事の円買い」という逆説

 金融市場には「有事の円買い」という経験則が存在する。

 地政学リスクの高まりや金融危機など、世界が不安定化する局面で、投資家がリスク回避のために円を購入し、結果として円高が進行する現象を指す。過去、北朝鮮情勢の緊迫化やリーマンショック、欧州債務危機などの局面でこの動きは顕著に見られた。

 本来、一国の危機はその国の通貨の売り要因となるはずであり、東日本大震災のような日本自身の国難においてさえ円高が進行したことは、逆説的とさえ言える。

 本稿では、伝統的に「有事の円買い」を支えてきたとされるメカニズムを検証しする。

伝統的な「有事の円買い」を支える3つのメカニズム

【説1】リスクオフに伴う円キャリー取引の解消

 円キャリー取引とは、低金利の円を調達資金として借り入れ、それを元手に金利やリターンが高い外貨建て資産(高金利国通貨、株式、債券など)を購入する投資手法である。平時の安定した市場環境では、この取引によって金利差やリターンを収益とすることができる。

 しかし、有事となって市場がリスクオフ(リスク回避)ムードに傾くと、投資家は損失拡大を防ぐため、保有する海外資産を売却し、借りていた円を返済しようとする。この「手仕舞い」の過程で大規模な円の買い戻しが発生するため、円高圧力となる。これが「有事の円買い」の最も有力な説明の一つである。

【説2】本邦機関投資家による資金還流(リパトリエーション)

 日本の生命保険会社や損害保険会社といった機関投資家は、運用資産の一部を海外資産に投じている。ところが、東日本大震災のような巨大な自然災害が発生すると、損害保険会社は巨額の保険金支払いに備える必要が生じる。その際、手元の円資金だけでは不足する場合、海外に保有する資産を売却して円に換える動き、すなわち資金の本国還流(リパトリエーション)が起こる。この動きが大規模な円買いにつながるという説である。

 ただし、この説のインパクトは限定的とする見方も根強い。
 第一に、北朝鮮情勢の緊迫化のように、まだ物理的な被害が発生していない予測段階で、保険会社が大規模な資産売却に動くとは考えにくい。
 第二に、東日本大震災の際でさえ、実際に為替レートを動かすほどの規模の資金還流が観測されたわけではない、という指摘もある。

【説3】世界最大の対外純資産国という構造的信認

 日本は政府、企業、個人を合わせて、世界最大の対外純資産を保有する債権国である。財務省の発表によれば、日本の対外純資産残高は2015年の統計で339兆円に達し、25年連続で世界一となっている。

 この莫大な対外資産が、日本円の信認の根源となっている。つまり、仮に国内で深刻な危機が発生したとしても、海外から資金を引き揚げて対応できる「余力」がある国だと見なされている。この構造的な安心感が、非常時における円買いを誘発してきたという側面は否定できない。

複合的要因と市場心理の謎

 以上のように、「有事の円買い」を説明する主要な説は、それぞれ単独では現象の全てを説明しきれない矛盾や疑問点を内包している。

 実際の市場では、これらの要因が単独で作用するのではなく、相互に絡み合い、さらに市場参加者の複雑な心理やアルゴリズム取引の動向などが影響し合って、「有事の円買い」という現象を引き起こしていると考えられる。そのメカニズムの完全な解明は、依然として金融市場における重要な課題の一つである。

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