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成功のために学ぶ反面教師 – 畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則』

失敗 独立・起業
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畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則』(2005)

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組織論・経営論で欠けている失敗の知識化

 初版は2002年の刊行で、著者は機械工学の専門家。

 機械を設計する上では、実証実験による知識は欠かせない。
 一つの機械が完成するまでには、実際に組み立てて、試行錯誤(trial and error)を繰り返しながら、正常に作動する要件を見つけ出していく作業が必要だ。そして、その過程で、失敗した原因を究明し、それを知識として蓄積する。そうして得た知識をもとに、設計を改良していく。
 こういった作業は、機械設計の際には、当たり前のようにして行われている。でなければ、そもそもまともな製品は作れない。

 機械工学の分野では、当然のように行われている「失敗の知識化」という作業が、なぜか日本の組織運営や経営の分野では、全くといっていいほど行われていない。
 機械工学の専門家で、理系的な観点からすると、こうした日本の組織文化は非常に奇妙なものに映ったのかもしれない。

 著者は、機械工学で得た「失敗の知識化」という作業を機械設計の分野にだけではなく、さまざまな分野に応用できるように一般化して紹介している。特に、組織論、経営論に応用できるようにまとめいる。
 これは、機械工学の専門書としてまとめた著作が、経営者からの反響が多かったためらしい。失敗の知識化という作業が、最も欠けていて、なおかつ、それを最も必要としていたのが、まさに経営者だったのかもしれない。

失敗学とは?

 著者は、「失敗学」という概念を提唱している。これは、失敗に関する知見を体系化し、再発防止や未来の予測に役立てようとする試みである。つまり、「失敗の知識化」を一般的な方法論としてまとめようというものである。

 その要点は以下の通りである。

  • 逆演算:起きた「結果」から、その「要因」や「からくり(仕組み)」を推測する。
  • 一般化:要因・からくり・結果の流れを「失敗の文脈」として抽象化し、将来の失敗予測に活かす。
  • 確率論的視点:致命的失敗は極めて低い確率で発生するが、その背後には、表面化しなかった無数の「失敗予備軍」が存在する。それらに注目することで、重大事故の兆候をつかむ。
  • 認識・認知の重要性:失敗は知識化されなければ、同じ過ちが繰り返され、組織内で拡大再生産されてしまう。

 以上が「失敗学」の基本的な枠組みである。

組織論・経営論への応用における課題

 この理論を実際に組織論や経営論に応用しようとすると、重大な障壁に直面する。それは、失敗の原因が「人間」に起因することが多いためである。人間は機械とは異なり、複雑で感情を持ち、単純なロジックで動かない。それが失敗に関する知識化が、組織や経営の分野で進まなかった最大の要因だろう。

 失敗を客観的に捉えるには、「行為」と「人格」を明確に切り分けて考える視点が不可欠である。「行為」の結果だけを純粋に問うことで、失敗を客観的に考察する視点が生まれてくる。失敗の責任を追及する際も、「行為」のみに焦点を当てることで、冷静かつ建設的な議論が可能になる。

日本の組織文化が抱える問題点

 しかし、日本の組織文化では、このような合理的な視点が十分に根付いていない。以下のような特徴が見られる:

  • 失敗が起きた際、その構造的要因を分析せず、担当者の過失として処理してしまう。
  • 失敗に関する情報が公開されず、むしろ隠蔽される傾向がある。
  • 組織の上層部に責任が及ぶことを回避しようとする。
  • 失敗の原因究明よりも、道義的・刑事的責任追及に重点が置かれる。

 これらは、短期的には「組織防衛」として機能しているように見えるかもしれないが、長期的には組織の健全性を損ない、再発防止の機会を失わせる。結果として、同じような失敗が何度も繰り返され、最終的には致命的な失敗を引き起こすリスクが高まる。

失敗学の意義と提案

 「失敗学」は、こうした日本の組織文化を根本から見直すために必要な知識体系である。著者は、失敗の情報開示を促すための制度改革(たとえば司法取引制度の導入)など、具体的な提案を数多く行っている。これらはすべて、実際の事例に基づいた現実的なものであり、各職場や組織で応用可能なヒントが豊富に含まれている。

 組織を失敗から守るためには、失敗を恐れず、むしろ学びの源とする姿勢が求められる。そのためにも、「失敗学」の視点を取り入れることは、真の意味での組織防衛につながる。組織に対する考え方を転換する上でも、本書の提案は非常に示唆に富んでいると言えるだろう。

畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則』(2005)


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畑村洋太郎『起業と倒産の失敗学』(2006)

企業倒産の事例集

 成功に法則はないが、失敗には法則がある———

 この言葉通り、企業が破綻した事例から失敗の要因を明らかにしようと試みた本。前作『決定版 失敗学の法則』の応用編とも言える内容で、企業が破綻に至った事例から、失敗の要因を浮き彫りにしようとする試みがなされている。

 原著の刊行は2003年で、取り上げられているのは主に2000年前後に破綻した企業の事例である。本書では、数ある破綻事例の中でも「急成長を遂げた優良企業が破綻に陥った例」に焦点を絞り、各章で一社ずつ取り上げている。

 破綻の要因は企業ごとに異なるものの、著者は「失敗には一定の法則性がある」と指摘している。破綻に至る企業は、成長の過程で似たような過ちを繰り返しているのだ。しかし、取り上げられた事例がすべて急成長企業に偏っており、分析対象の選定にはやや恣意性も感じられる。そのため、「失敗学」の体系的な学問として見るには限界があるが、実際の企業事例としては非常に興味深く、実務にとっても有益な内容となっている。

失敗する経営者に共通する落とし穴

 本書の事例を通して見えてくるのは、経営者が失敗に陥る典型的なパターンである。特に顕著なのは、「需要に供給が追いつかない局面」での誤判断だ。

 需要が急激に高まり、売上が伸びているときこそ、経営者はかえって大きな焦りを感じやすい。目の前の収益機会を逃すまいとする焦燥感から、冷静な判断を失い、無理な事業拡大に踏み出してしまうのだ。特に「せっかくの顧客を取りこぼしている」という機会損失への不安が、経営判断を狂わせる大きな要因となる。こうした局面では、経営者の「欲」が入り込みやすく、結果として組織の体力を超えた無謀な決断が下されることが少なくない。

 失敗からこそ学ぶべきことは多い。本書は、前作『失敗学の法則』のように失敗を抽象化・理論化することを目的としたものではないが、その応用編として、具体的な事例を通じて「なぜ失敗するのか」を生々しく描き出している。

 体系的とは言えないまでも、事例集としては非常に良く構成されており、経営に携わる読者にとっては、実践的かつ示唆に富んだ一冊となっている。

畑村洋太郎『起業と倒産の失敗学』(2006)

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