山田順『出版大崩壊』(2011)
根拠のない電子書籍懐疑論
2011年刊行の本。
前年の2010年は、「日本の電子書籍元年」になると騒がれていた年だ。だが、日本では電子書籍の普及は遅れに遅れ、Amazon.co.jpで日本語対応のKindleと日本語の電子書籍が販売されたのは、ようやく2012年10月からだ。
本書では、電子化の時代を迎えて、今後の出版業界と電子書籍の在り方が論じられている。2011年のものなので、当然日本の電子書籍市場はまだ始まったとも言えず、まともに議論できる段階にない。では、海外の電子書籍の動向を紹介しているのかと思いきや、そんなことはなんにも書かれていない。そう、一切。
で、日本の状況だけ論じています。しかもなーんの統計情報も利用されてません。ただの印象が語られているだけです。
それにもかかわらず、この著者は、日本で電子書籍の売り上げは伸びていないと指摘し、電子書籍は日本では普及しないと言い切ってます。。。
。。。
あのー、電子書籍の本命であるAmazonが日本語書籍の販売を始める前の11年の段階で、何が言えるんでしょう?
せめてアメリカの状況ぐらい論じるべきじゃないのか?
少なくともAmazonが日本の電子書籍市場に参入してからの数年を見てみなくては、電子書籍の今後の動向など判断できるわけがない。一般消費者からすれば、商品が販売されていないのに、今、商品が売れてないから今後も普及しないと指摘されても、何を言っているんだ?としか思えない。
書籍の売り上げに対する収益配分の変化
出版社にとって電子書籍とは、単に紙の本が電子化されたという以上の意味を持つ。それは、出版のビジネスモデルが根本から変わることを意味しているからだ。
電子書籍の収益は、著者とプラットフォームを提供するAmazonやAppleなどに多く配分されるようになり、従来の紙の書籍における収益構造は大きく変化する。これまでは、出版社が6〜7割、印刷・流通・小売が2〜3割、著者が1割という配分が一般的だった。そのため、電子書籍の登場によって最も大きな影響を受けるのは、出版社および流通・小売である。
このようなビジネスモデルのもとでは、出版社が電子書籍の販売に本腰を入れて取り組むことはないだろうと、著者は述べている。さらに、インターネット上の情報は無料で共有されるべきだというネット文化の感覚が、電子書籍の適正価格を押し下げているとも指摘する。
著者に言わせると、この様な状況で出版社が収益を上げられないようであれば、電子書籍は普及しないし、出版文化は崩壊するのだそうだ。
しかし、私には、この著者がただただ、ひたすら出版社の売り上げだけを心配しているようにしか見えない。本書からそうした恐怖感だけは、よーく伝わってくる。特に出版社や編集者が中抜きされることには、非常な怒りと恐怖感を覚えているようだ。
電子書籍は、出版社を通さなくても誰でも自己出版ができる。しかし、こうした自己出版に対しても著者はきわめて懐疑的だ。大手出版社の編集者が関わらずに販売される電子書籍は「ゴミ」でしかないとまで言い切る。そして、そうした「ゴミ」が市場に溢れることで、関心や興味が細分化されてしまい、有益な書籍や情報が埋もれてしまうと警鐘を鳴らしている。
だが、たとえ大手の編集者が付いていたとしても、内容に価値のない書籍など山ほどある。実際、本書自体が、電子書籍に対する根拠の乏しい脅威論を声高に叫んでいるだけで、価値ある情報はほとんど見当たらない。
希薄化する書籍の価値
現在、年間8万点以上の新刊が刊行されており、一冊あたりの販売期間は極めて短くなっている。それとともに書籍の質も低下している。にもかかわらず、再販制度によって守られている出版社は、刊行点数を増やすことで収益の確保を図ってきた。出版文化を崩壊させた最大の要因は、再販制度と大手取次店に支えられながら、マス向けの薄利多売を続け、書籍の価値を自ら貶めてきた出版社自身にあると言えるだろう。
本書からは、現在の出版社の姿勢を見直そうとする意志はまったく感じられない。出版文化をここまで崩壊させてきたのは出版社自身であるにもかかわらず、その責任を省みることはなく、新しい技術には反対し、自らの権益だけを守ろうとする。その姿勢こそが、まさに「老害」と呼ぶにふさわしいものであり、出版文化の衰退を象徴している。
本書を読んでよく分かるのは、そうした保守的で変化を拒む体質が、出版の未来を閉ざしているという事実だけである。
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