PR|記事内に広告が含まれています。

AI時代の知性と経済変革:創造性、失業、そしてベーシックインカム – 井上智洋『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(2016)

未来社会 科学・技術
Articles

読書案内
井上智洋『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(2016)

広告

人工知能の飛躍的発展とその限界

 1980年代の人工知能(AI)研究は、人間の記号処理や論理的思考の再現を目指していた。しかし、当時のAIは十分な成果を上げられず、研究は行き詰まりを見せた。
 その後、1990年代末から主流となったのが、確率・統計的手法を用いたアプローチである。AIに論理的推論を行わせるのではなく、膨大なデータをもとに統計的処理を施すことで、人間の認知パターンを模倣させる研究が進んでいった。

 この分野で技術的な飛躍をもたらしたのが、2006年にジェフリー・ヒントンが提唱した深層学習(Deep Learning)である。
 Deep Learningとは、ビッグデータをもとに統計的に有意な情報をAIが自動的に抽出・学習していく技術である。入力と出力の関係性だけが与えられれば、処理の途中経過はAIが独自に構築していく。人間が処理手順を指示する必要はなく、その過程自体もブラックボックス化しており、開発者でさえ詳細は把握できない。

 この仕組みにより、パターン認識やゲーム戦略の習得においてAIは飛躍的な進歩を遂げた。2016年、囲碁の世界王者を破ったAlphaGoの登場は、その象徴的な出来事である。

AIは「知性」を持っているのか?

 こうした急速な進歩から、AIが人間の知性を超えるのではないかという期待や不安が広がっている。しかし実際のところ、現在のAIは人間の認知パターンを模倣して再現しているにすぎない。
 AIは、自ら「考えている」わけではない。確かに、大量の情報から有意なパターンを自動的に学習・抽出することはできる。しかし、「何が有意か」を判断しているのは人間であり、AIではない。

 つまり、情報の価値や意味そのものを見出す力、すなわち価値判断を行っているのは人間なのだ。これは、人間が持つ創造的知性によるものであり、現在のAIには実現できていない。

創造的知性と人工知能の決定的な違い

 創造的知性とは、何に価値があるかを見出す能力である。人間がこの能力を持つのは、欲求(欲望)を持つ存在だからだ。

 欲求は価値判断の基盤であり、生きる上で不可欠な指針でもある。また、人間は共通の身体構造と感覚を持っているため、この身体性を基盤として多くの人々が似たような価値を共有できる。このようにして共通の価値観が形成され、社会が成り立っている。

 一方、AIには人間のような共通の感覚も欲求もない。AIは人間との共通基盤を欠いているため、人間にとって意味のある価値を自ら発見したり、創造的な思考を行ったりすることはない。
 たとえ技術的にいくら進歩しても、AIが創造的知性を持つ汎用型人工知能(AGI)に到達するには、極めて高い壁が存在する。

AIが代替できる領域とできない領域

 現在のAI研究は、人間の知性の一部を代替する特化型人工知能(Narrow AI)の開発にとどまっている。AIは特定の課題においては高い性能を発揮するが、自ら価値を見出し、目的を定義するような知性──つまり創造性──は、人間にしか担えない。

 では、創造的知性を必要としないその他の分野では、どのような変化が起きるのか。
 実はここからが、本書の本題である。

AIとBI

 著者は、人工知能の進化が2030年頃に特異点(シンギュラリティ)を迎えると予測している。シンギュラリティとは、AIの知能が人間を超え、自己改良を繰り返すことで爆発的に進化する転換点のことだ。要するに、人工知能が“とてつもなく”発達するという未来像である。

 それに伴い、現在の多くの職業がAIに取って代わられると見られている。いわゆる技術的失業(technological unemployment)が、大量に発生する可能性があるのだ。

第四次産業革命と経済の構造変化

 技術革新が起これば、生産性が向上し、それにともなって資本が投下され、経済成長の原動力となる。逆に言えば、技術革新が停滞すれば、生産力が飽和し、経済は低成長に陥る。
 人類の経済史は、以下のように技術革新とともに展開されてきた。

  • 第一次産業革命(1760年代):蒸気機関の導入
  • 第二次産業革命(1870年代):電力と内燃機関の発明
  • 第三次産業革命(1990年代〜):IT技術の普及
  • 第四次産業革命(予測:2030年前後):AIによる全面的な自動化

 とりわけ次に訪れるとされる第四次産業革命では、製造業に限らず、サービス業を含むほぼすべての産業にAIの影響が及ぶとされている。
 これまでの産業革命では、生産性向上によって余剰となった労働力は、新たな産業分野へ移行することで吸収されてきた。しかし、今回の変化はあらゆる業種を対象とするため、労働の受け皿そのものがなくなる可能性がある。

人間にしか担えない職業とは?

 こうした中で、AIによって代替されにくいとされる職種は、大きく三つの分野に分類される。

  • 創造性(Creativity):芸術・デザイン・新規事業の発想など
  • 経営管理(Management):人間関係や状況判断が求められる組織運営
  • もてなし(Hospitality):感情に寄り添う対人対応やケア

 しかし、これらの仕事は社会全体で見ればごく一部であり、人口の1割程度が従事すれば十分に成り立ってしまうとも言われる。つまり、大多数の人が職を失ってしまう未来が現実味を帯びているのだ。

貨幣経済と生産物へのアクセスの非対称性

 技術の進歩によって生産効率が向上すれば、理論的には社会は豊かになるはずである。だが、現実の貨幣経済においてはそう単純ではない。

 たとえ社会に生産物が溢れていても、それを手に入れられるのは、貨幣を持つ者だけである。貨幣は「労働の対価」か「資産の利得」としてしか得られない。つまり、職を失い、資産を持たない人々は、生産物にアクセスできなくなる。
 結果として、富の偏在と格差の拡大が生じる。社会全体は豊かでも、その富は一部の人々に集中し、他の大多数は恩恵を受けられない。

 AIによる技術的失業は、こうした格差構造をさらに深刻にするリスクがある。

解決策としてのベーシックインカム(BI)

 では、この問題にどう対処すべきか? 著者が提案するのが、ベーシックインカム(Basic Income)の導入である。

 BIとは、すべての国民に無条件で一定額の所得を給付する制度だ。これによって、職を失ったとしても、生活の基盤を維持できる。著者は、BIなしのAI社会はディストピア、BIありのAI社会はユートピアであると主張する。その通りだろう。

 BIは技術的失業の問題だけでなく、日本が抱える社会保障制度の課題──たとえば公平性や持続性の欠如──の解決策としても注目されている。本書では、BIの実現可能性に関する研究成果も紹介されており、多角的な検証が行われている。

AIと社会制度の議論を並行して行うべき理由

 AIの進歩は、単なる技術革新にとどまらず、社会制度の根幹に関わる変化を引き起こす可能性がある。だからこそ、AIの発展をめぐる議論は、同時に制度的対応の議論とセットで行う必要がある

 本書は、AIが進化する未来社会において、どのような制度設計が求められるのかを考える上で、極めて示唆に富んだ内容となっている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました