竹内裕『日本の賃金』 (2008)
「企業の正社員」という枠の中での議論
90年代半ば以降、国際競争の激化に伴い、日本企業の収益は悪化し、各企業は賃金体系の見直しを迫られるようになった。終身雇用制度が崩れ、成果主義が導入されるようになったものの、多くの企業では年功主義や「同一年代・同一賃金」の慣行が温存され、「職務給」の導入は進まず、成果主義も部分的な採用にとどまった。
結局のところ、日本では「年功主義と成果主義」、「職能給と職務給」の間で折り合いをつけるような形で、落としどころを探る動きに終始した。成果主義をうまく運用できないまま、2005年頃にはその見直しが始まり、ポイント制や役割給といった折衷的な制度を採用する企業が増加した。
(※役割給とは、仕事の目的に基づいて職務内容を定義し、社員が自主的に業務の拡充を図りつつ職務を遂行することを期待し、その過程で生み出される付加価値に応じて支払われる報酬である。)
今後は、年齢給・職能給・職務給・役割給などを組み合わせた賃金体系が一般化していくことが予想される——
本書の内容はおおむねこのようなものだが、正直なところ、「そりゃ、そうだ」としか言いようがない。多くの企業が年功序列を見直し、成果主義を導入しようとしているものの、いずれもあまり成功しているとは言えず、結果として折衷的な制度に落ち着いている。結局のところ、年功序列による安定性と成果主義による競争促進のいずれにも十分に応えることのできない、中途半端な制度が生まれているのが現状だ。
本書では、そうした中途半端な制度の事例を紹介するにとどまり、企業の給与体系における表面的な変化を概観しているだけで、深い考察は見られない。
それもそのはずで、本書の議論はあくまで「企業の正社員」という枠内に限定されており、より大局的な視点を見落としている。
見落とされている変化
著者はほとんど触れていないが、90年代以降、「日本の賃金」にはより本質的な大きな変化が生じている。それは、多くの企業が業務を外部委託や派遣に切り替えることで、本来の人件費を「外注費」として計上するようになった点である。
人件費はさまざまな法律で保護されており、下方硬直性を持つ。一方、外注費に関しては、そのような法的保護はなく、市場競争にさらされて、いくらでも削減が可能だ。これは、「労働ダンピング」にほかならないが、規制されないまま一般化している。
その結果、正規・非正規、男女といった「人の属性」による賃金格差が拡大し続けている。たとえば、女性の非正規雇用者と男性の正規社員との間には、5倍以上の賃金格差が存在するといわれている。
しかし、著者には、こうした本質的な変化はまったく見えていないようだ。企業内で成果主義を導入した結果、2~3割の賃金格差が生まれたと述べるにとどまり、日本全体における賃金体系の構造的変化については見落としている。「日本の賃金」などと大仰なタイトルを掲げてはいるが、所詮、企業寄りのコンサルタントが書いた、無難で当たり障りのない概説に終始しているのが残念。
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