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なぜサピエンスは世界を支配したのか──『サピエンス全史』要約

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新たな文明批評として

 ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史(Sapiens: A Brief History of Humankind)』は、2014年に英訳版が出版されると瞬く間に世界的な話題を呼び、多方面から大きな反響を集めた。では、本書のどのような点が、これほどの注目を集めたのだろうか。

 20世紀末以降、DNA研究の進展によって、人類の進化の過程は次第に明らかになってきた。人類がアフリカで誕生し、世界各地へ拡散しながら進化していった足取りは、科学的により鮮明に描けるようになった。しかし、進化の軌跡を解明すること自体は、「それが人類にとってどのような意味を持つのか」という根源的な問いには答えない。歴史学や進化論の進展は、より多くの事実を明らかにしたが、人類の存在意義や未来の方向性についての洞察までは示さない。

 だが、21世紀に入り、新たな発見が相次いだことで人類史の記録は大きく書き換えられ、人類像そのものが刷新されつつあった。こうした状況の中で、人々の間には「人類とは何者か」「人類はどこへ向かうのか」といった根本的な疑問が広がっていったのだろう。まさにその問いに対して、進化論的知見を踏まえながら文明批評として応答したのが『サピエンス全史』だったのである。

ハラリ『サピエンス全史』要約

 本書は、人類という存在を巨大な時間軸のなかで問い直し、その意義を再考させる。単なる歴史の羅列としての歴史書ではなく、人類の発展の意味を問う文明批評の試みだ。

 人類の進化の軌跡として、ホモ・サピエンスがいかにして地球を支配的な種となったのかを明らかにし、その過程で神話や宗教、貨幣や国家といった「虚構」を共有する能力が、社会の拡大と複雑化を可能にしたことを示す。人類が経験した認知的・社会的な飛躍を通じて、文明が形成されてきた道筋を鮮やかに描き出している。

認知革命(約7万年前)

 20万年前、人類の一種として進化したホモ・サピエンスは、他の人類種と異なり、およそ7万年前に、抽象的な思考や想像力を獲得した。これを認知革命という。
 この認知革命により、神話や物語、共同の信念といった「虚構」を共有する能力が生まれ、大規模な集団生活を可能にした。国家や宗教、貨幣など、現代社会を支える制度の原型はすでにここに芽生えていた。

農業革命(約1万年前)

 1万2000年ごろから、狩猟採集から農耕へと移行したことで、人類は食料生産を安定させ、人口を急増させた。
 しかし、これは必ずしも幸福をもたらさなかった。農耕民は労働時間が増え、食生活は偏り、病気や階級差も拡大した。ハラリはこれを「人類史上最大の詐欺」と呼び、進歩の裏側を批判的に描く。

人類の統一(古代から近代)

 帝国、貨幣、宗教といった「普遍的秩序」が拡大し、人類はより大規模な枠組みで統合されていった。
 貨幣は信頼のネットワークを、帝国は法と行政の枠組みを、普遍宗教は道徳や価値観を与え、互いに異なる人々を結びつけた。これらはすべて「虚構」を共有する能力に基づいている。

科学革命(約500年前~現代)

 16世紀以降、人類は無知を認め、知識を更新していく「科学的方法」を採用した。これにより近代科学と技術革新が爆発的に進展し、資本主義と結びついて世界を変革した。
 産業革命、植民地主義、現代資本主義はすべてこの潮流の延長にあり、人類は自然や生命そのものを改変する力を手に入れた。

未来への問い

 ハラリは、人類の進歩が必ずしも幸福の増大につながっていないと指摘する。
さらに、バイオテクノロジーや人工知能の進展によって、人類は「ホモ・サピエンス」を超える存在(ポスト・ヒューマン)を生み出す可能性がある。人類史は新たな局面に入りつつあるのだ。

仮説としての進化論

 文化や社会のあり方を進化論で説明する試みは、非常に魅力的である。たとえば「なぜ人は生活習慣病になるほど食べ過ぎてしまうのか」「なぜ戦争はなくならないのか」といった疑問に、進化の観点から一定の答えを与えてくれる。しかし重要なのは、そうした説明の多くはあくまで仮説であり、確証された事実ではないという点である。進化論的説明はすべて仮説にとどまる、という前提を理解しておく必要がある。

 その点で『サピエンス全史』は誠実だ。たとえば「人類史において男性優位社会が多数派となったのはなぜか」という問いに対し、進化論的な仮説がいくつも提示されているが、本書は「わからないものはわからない」と明確に述べている。

 成功が何よりも協力にかかっている唯一の種において、どうしてあまり協力的でないはずの個体(男性)が、より協力的なはずの個体(女性)を支配するようになったのか?今のところ、妥当な答えは見つかっていない。ひょっとしたら、一般的な仮定はみな、たんなる誤りなのかもしれない。ホモ・サピエンスという種のオスは、体力や攻撃性、競争性ではなく、優れた社会的技能と、より協力的な傾向を特徴としているのかもしれない。実際のところは、私たちにはまったくわからないのだ。

ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史(上)』pp.264-265

 文化の継承にまつわるこの厄介な問題をどのように解決すればいいのかは、誰にもはっきりとはわからない。どの道を選ぶにしても、問題の複雑さを理解し、過去を単純に善人と悪人に分けたところでどうにもならないのを認めるのが、第一歩だろう。

ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史(上)』pp.337-338

私たちへの問い

 『サピエンス全史』は、人類の歩みを単なる年代記として描くのではなく、私たちがいかに「物語」を共有し、それによって協力と文明を築いてきたのかを鮮やかに示している。
 同時に、進化論的な説明の多くが仮説に過ぎないことを強調し、人類史に残された謎や限界を正直に提示する点にも特徴がある。

 本書を通じて浮かび上がるのは、過去の理解が未来を考えるための出発点となる、という視座だ。私たち自身の歴史をどう意味づけ、どのような社会を築いていくのか──その問いが読者一人ひとりに投げかけられている。

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