渡邉正裕『10年後に食える仕事 食えない仕事』(2012)
グローバル化の時代だからこそ日本人としての特性を活かす
グローバル化が進展する中で、日本の労働環境はどう変化していくだろうか?
すぐ2、3年先というのではなく、比較的想像しやすい近い将来、たとえば10年という時間単位で見た場合は?そうした疑問に答えて、実際に想像してみたのが本書だ。2012年の発行だが、今でも十分示唆に富む内容だと思う。
著者は、「知識集約的か、技能集約的か」「国際競争下に置かれるか、日本人としての特性を活かせるか」という二つの軸によって職業を4つに分類している。著者のこの分類は、非常に簡潔で分かりやすい。
国際競争 | 日本人特性 | |
知識集約的 | ①無国籍ジャングル | ③グローカル |
技能集約的 | ②重力の世界 | ④ジャパンプレミアム |
それぞれ補足しておくと。。。
①無国籍ジャングル
全世界を相手にした超成果主義の世界。
企業経営者(CEO/CFO)、研究者、トレーダー、国際弁護士、スポーツ選手など。
②重力の世界
世界中からほぼ無尽蔵に人材供給が可能な分野。
③グローカル
日本市場向けの高度専門職。
④ジャパンプレミアム
日本人ならではのきめ細かい特質や言葉遣いを活せる分野。
今後、特に問題となるのは、技能集約的でありながら、日本人である必要性の低い職業、すなわち著者が言うところの「重力の世界」に属する職業である。では、具体的にどのような職業がこれに該当するのだろうか。
たとえば、配達員、店舗スタッフ、検査・組立工、介護福祉士、警備員などが挙げられる。意外なところでは、プログラマーもこのカテゴリーに含まれている。これらの職業は、情報技術の発展により、業務拠点の移動や人材の交代が容易になった結果、今後、賃金が世界の最低水準にまで引き下げられていく可能性が高い。
だが、日本人の就労分布を見ると、就業者の72.5%がこれらの職業に従事している。これから就職を目指す人や、転職を考えている人は、この事実に対して強い危機感を持つべきだと著者は指摘する。
そこで著者は、今後、グローバルな競争のなかで淘汰されないためには、「日本人であること」を活かせる職業を目指すべきだと提言している。
それが、「グローカル」あるいは「ジャパンプレミアム」と呼ばれる分野である。
「グローカル」分野に該当する職業としては、医師、弁護士、税理士などの専門資格を持つ職業のほか、人事、マーケター、コンサルタントといった交渉業務に携わる職種、さらに記者や編集者、作家など言葉を扱う仕事、メーカーの技術開発者などが挙げられる。ただし、これらの分野は非常に高い能力が求められ、限られた人しか目指すことができないのが現実である。
そこで注目すべきが「ジャパンプレミアム」ということになる。これは日本市場において、日本人の特性を活かせる職業であり、具体的には、接客業、営業職、公務員、料理人などの技能職がこれに当たる。
たとえ規制緩和が進み、世界規模の競争にさらされるようになったとしても、日本語や日本人ならではの感性を必要とする職業は数多く存在し、それが日本市場に対する強力な参入障壁となっている。「日本人であること」そのものを活かせる職種は、今後も一定数残り続けると考えられる。
また、今後10年間は日本の人口が1億人程度を維持すると予測されており、国内市場としても依然として十分な規模を保っている。こうした状況を踏まえると、「日本人としての特性を活かし、日本市場で活路を見出すべきだ」という著者の提言は、非常に的確で現実的である。よくある「海外に飛び出せ」「英語を学べ」といった議論とは一線を画しており、きわめて興味深い視点だ。
ちなみに、「無国籍ジャングル」と呼ばれる分野には、CEO/CFO、国際弁護士、国際会計士、ファンドマネージャー、研究者などが含まれる。競争は激しいが、成功すれば報酬も非常に高い“青天井”の世界だ。自分の能力に自信がある人は挑戦してみる価値があるかもしれない(ただし、徹底した自己責任の世界であることは覚悟すべきだが)。
政治の役割は?
「重力の世界」に属する職業に従事する人が全体の72.5%にのぼるという事実に対して、個人が危機感を抱くのは当然のことだ。しかし、これは個人の問題にとどまらず、国家全体の雇用問題でもあり、本来であれば政治が責任を持って対応すべき課題である。
もし国がこのまま無為無策のまま、市場原理にすべてを委ねてしまえば、日本の労働市場は無秩序に国際競争にさらされることになるだろう。その結果、失業率の上昇や、労働者の低賃金化といった深刻な事態が招かれる恐れがある。
たとえば1980年代のアメリカでは、グローバル競争を勝ち抜いた一部の企業が業績を伸ばした一方で、移民の流入により賃金は低下し、企業は国内の雇用にはほとんど貢献しなかった。結果として、経済は成長しているにもかかわらず、失業率は高止まりするという現象が生じた。このような状況が日本でも起こり得る可能性は否定できない。
こうした事態を回避するためにも、国による適切な雇用政策の策定と実行が不可欠である。著者は、本書の最後で、こうした政策に対する具体的な提言も行っており、そこには注目すべき内容が含まれている。
・研究開発投資へ減税し、国際的に競争できる人材を保護する。
・官僚が業界ごとに管理監督している現状を見直し産業を自由化する。
・国内の雇用に貢献している企業に対して特別減税を行う。
・外国人労働者の単純労働従事への規制。
・低所得者層への財政支援。
著者があげているのは以上の5点だ。
これらはすべて、以前からさまざまな場面で指摘されてきた問題であるにもかかわらず、いまだに改善の兆しは見られない。
特に深刻なのが、外国人による単純労働の問題だ。この20年ほどの間で、あらゆる企業で広く行われるようになった。たとえばコンビニや外食チェーン店で働いている外国人労働者の姿は、全国どこでも目にするようになった。
しかし、その多くは、技能実習制度や留学制度を実質的に労働力の受け入れ手段として利用しているケースであり、制度の本来の趣旨から逸脱しているものも少なくない。中には違法就労の疑いがあるケースも見受けられるが、実際の取り締まりはほとんど行われておらず、現状はほぼ野放しの状態である。
労基署が全く取締りをしないためにサービス残業が蔓延した状況と酷似している。また、ここでも同じように、制度の形骸化と監督機関の機能不全が、深刻な労働問題の温床となっている。
じゃぁ…… さらに、20年後は…?
今後10年を考える上では、本書の指摘は非常に参考になるものだと思う。しかし、そのさらに先の未来ということになると、今の若者はもっと違う働き方を模索しているかもしれない。
既得権益が蔓延して、格差が大きく、労働環境は最低で、努力が報われない、そういった国にこだわる必要そのものが、はじめから感じられなくなっているかもしれない。日本などさっさと捨てて他の国で働けば良いだけだ。10年後、人材の流出が加速するかどうかは、これからの10年の間でどれだけ日本を変えられるかに懸かっているだろう。
追記
2020年に内容を追加した新版が出版されています。
渡邉正裕『10年後に食える仕事 食えない仕事』(2020)
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