ニッポン医療の実態を数字で把握する
年々上がり続ける健康保険料。国民負担は増え続けているが、日本の医療はその負担に似合うだけの質と内容を備えているだろうか?
「医療費が増え続けている」という漠然とした理解ではなく、具体的な数字によって実態を把握することが重要だ。
今回の記事では、読売新聞医療情報部『数字でみるニッポンの医療』(2008) を参考に、気になる数字をいくつか紹介したい。ちょっと古い内容だが、現状を理解する上でも過去の記録を参照することは重要だろう。問題の本質が、この頃から現在に至るまだ何ら変わっていないことがむしろ良く分かるのではないだろうか。一つの参考値として記録しておきたい。
年間医療費
2008年に厚生労働省が発表した2006年度の医療費は、年間33兆1276億円。国民所得に占める割合は8.9%。
先進30カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)が2007年に発表した国際比較では、医療費がGDPに占める割合は平均9.0%。アメリカ15.3%、スイス11.6%、フランス11.1%、ドイツ10.7%、日本は8.0%で22位。しかし、日本の医療費の統計には、保険外の費用は含まれないため、実際の患者負担はより大きい。
年間30兆円余りの国民医療費の内訳は、2004年度の統計では、入院費37%、通院費39%、歯科医療費8%、薬局の調剤医療費13%。
支出面で見ると、人件費48%、医薬品22%、医療材料費7%、外部委託費5%、その他光熱費、貸借料など19%。
薬価差益
医薬分業が進み、院内処方から院外処方へと移行したため、1980年度では薬局の調剤医療費が僅か1%だったものが、2004年度で13%まで伸びた。
薬価差益のために「薬漬け医療」となっていた状況を打開する狙いがあった。医療機関は製薬会社や卸業者から薬剤を定価より安く仕入れることができる。保険では薬の定価で請求するため、その差額が医療機関の利益となっていた。
厚生労働省は薬価差益を抑えるため、薬の価格を市場の流通価格に合わせて引き下げたり、院外処方箋発行の診療報酬を引き上げるなどし、薬価を引き下げた分を診療報酬に上乗せさせるなどの政策を行ってきた。
医療の質
肺、肝臓、胃など13種類の癌について治療の目安となる患者の5年生存率を医療機関ごとに比較した2007年の調査では、たとえば肝臓癌の5年生存率は治療件数上位4分の1にあたる「多件数病院」では34.4%、下位4分の1にあたる「極少件数病院」は10.4%だった。
日本では約550の施設で年間5万3000件の心臓手術が行われている。1施設当たりの年間手術件数は約100件でアメリカの24分の1、ドイツの12分の1に過ぎない。年間50件未満しか手術しない医療機関が全体の36%を占める。
2002年度、110種類の手術について手術件数によって保険の診療報酬に差を付ける施設基準を導入した。しかし、外科医師系の団体から反発を受け4年で廃止されている。
救急搬送
総務省消防庁の調査では、救急搬送された患者の約50%は軽症。
医師について
2006年、日本の医師数は約28万人。毎年8000人程度の新人医師が誕生している。人口10万人当たりの医師数は218人で、OECD加盟国の平均310人以下で加盟国30カ国中27位。
2004年、新臨床研修制度開始。医学部を卒業して医師免許を取得後、2年間の研修が義務付けられた。研修先は自分で選ぶことができる。
医師免許を取得すれば、麻酔科を除き、好きな診療科を選んで自由に名乗ることができる。「自由標榜制」と呼ばれる。
診療科、地域による医師の偏在が顕著になっている。厚生労働省が2007年に発表した「医療経済実態調査」では、開業医(診療所院長)の平均年収は2532万で、月収に直すと211万。一方勤務医の平均年収は1415万。開業医の収入は勤務医の1.8倍。
専門医について
日本の専門医は延べ人数30万人。日本には資格認定を行っている学会が120以上ある。2002年以降、専門医資格が病院の広告として利用できるようになった。
専門医・認定医制度を持つ学会が120以上ある中で、認定に実技試験を取り入れている学会は1割程度しかない。また認定に必要な手術執刀数も世界基準からすれば極めて少ない。残る9割は学会への出席や症例報告などだけで認定されている。さらに合格率は80%を超える学会が多く、専門医乱造の事態を招いている。臨床能力をきちんと審査する仕組みがない。
アメリカは24の専門医資格があり、それぞれに厳しい研修が課される。一般外科なら、医療機関は研修医一人当たり500件以上の手術機会を提供しなければならない。手術件数に応じて教育できる研修医の数が決まるので、専門医の数は制限される。アメリカでたとえば心臓外科医になる場合、まず一般の大学を出て、その後に4年制の医学部に進学。卒業後5~6年の一般外科研修医課程を終え、さらに2~3年の心臓外科医の専修医過程を終了すると、やっと心臓外科医として勤務できる。
ドイツも心臓手術を行う医療機関を約80に制限し、心臓外科医も増やさない体制を作って高い医療の質を維持している。
献金
読売新聞の請求で情報開示された48国公立大学の医師や講座に支払われた寄付金の総額は、2006年度で約262億円。この内製薬企業からのものは60%を占める。医者と製薬企業との結びつきは利益相反(conflict of interest)になりうる。
血圧や血糖値など検査基準値を定める診療指針作成委員の多くに、製薬企業から研究費などの資金が提供されている。基準値が諸外国に比べ厳しくなっている。
死因の究明について
日本の死因究明率はわずか3%。全国で1年間に行われる司法解剖は約5000件。司法解剖を行うかどうかの判断は、現場の警察官と立会い医師の「見た目」による判断に委ねられている。監察医による行政解剖制度があるのは東京など5都市だけ。
医療機関での病理解剖を含め死因究明のために行われている解剖は全国で年間約3万件。年間約100万人が亡くなる内、死因が究明されているのは約3%に過ぎない。
薬剤投与について
・タミフル
タミフルは2001年の販売以来、2005年までに国内で3500万人が服用し、全世界の使用量の7割に上る。
2001年の販売から2007年までに1079人の副作用疑いの報告があり、その内異常行動が128人に認められた。異常行動は特に10代の多く見られた。1079人のうち55人が死亡、異常行動による死者は8人。
・耐性菌
抗生物質は溶連菌など細菌感染には有効だが、インフルエンザなどウイルス感染には効き目がない。多くの細菌に効くとされるカルバペネム系抗生物質は、日本が世界の使用量の2分の1近くを占めている。
耐性菌に関する国際調査(1997~99)では、日本の医療機関で検出される黄色ブドウ球菌のうち抗生物質が効かないMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の割合は、71.6%。アメリカ34.2%、イギリス27.5%、ドイツ4.9%、スイス1.8%。