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東欧諸国の挑戦 – 羽場久美子『拡大ヨーロッパの挑戦 増補版』

EU 政治
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羽場久美子『拡大ヨーロッパの挑戦 増補版』(2014)

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東西ヨーロッパの統合

 本書は、2004年に刊行された著作の増補版。(2014年改訂)
 中心的なテーマは、2004年のEUによる中東欧10カ国の加盟承認、すなわち史上最大規模のEU拡大である。

 この拡大で加盟した国々の多くは、かつて東ローマ帝国の支配下にあり、ギリシャ正教やスラブ文化の影響を色濃く残している。そのため、2004年の加盟は単なる地理的な拡大にとどまらず、文化的・歴史的に分断されてきた東西ヨーロッパの統合という象徴的な出来事だった。

 本書では、EUの拡大が実現した2004年当時の状況と、新規加盟国のEU内での位置づけが概観されている。

中東欧諸国の民主化とEU加盟への道のり

 冷戦の終結とソ連の社会主義経済の崩壊により、ロシアの東欧支配は大きく後退した。この政治的変動のなかで、特にバルカン半島は民族紛争の舞台となり、地域の不安定化が顕著となった。

 こうした状況に対して、1990年代以降のEU諸国は、アメリカ主導のNATOの安全保障政策に従い、武力介入を含む積極的な関与を示すようになった。1999年のコソヴォ空爆はその象徴的な事例であり、この介入は「パックス・デモクラティア(民主主義による平和)」の理念に基づく新秩序の提示でもあった。

 バルカン諸国のように紛争が長引いた地域を除けば、中東欧諸国では1990年代を通じて急速に制度改革と民主化が進行した。なかでもハンガリーは「民主化の優等生」とされ、EU加盟要件をいち早く達成した国の一つである。

 2004年の拡大の背景には、こうした中東欧諸国の自助努力があり、その後も2007年にはルーマニアとブルガリアが加盟するなど、EUの拡大は続いていく。

EUの抱える課題と今後の展望

 本書は、拡大したEUの現状とその課題についても言及している。第7章では、欧州憲法条約をめぐる各国の動きが紹介され、統一的な意思決定機関の形成がいかに困難であるかが示されている。

 その背景には、ギリシアの財政危機にも表れているように、EU内部の産業構造や経済力の格差がある。これらの地域間格差が、拡大EUにおける統治の一体化を阻む大きな要因となっている。

 著者は、欧州憲法そのものよりも、むしろこのような地域間の経済格差こそがEUにとって深刻な課題であると示唆している。今後のEU統合を考えるうえでは、こうした格差の是正に向けた具体的な戦略の議論がより重要となるだろう。

増補版について

 第8章は、今回の増補にあたって新たに加えられた章である。ここでは、尖閣諸島をめぐる日中間の対立をはじめとする事例を通じて、中国の台頭に伴う太平洋地域のパワーバランスの変化が論じられている。

 だが、現時点においてもアメリカが太平洋地域の安定を主導している状況には大きな変化が見られない。中国の大国化は、その構図を根本的に変えるというよりも、むしろ既存の秩序の中でアメリカの関与をさらに強める要因となっていると考えられる。

 著者は、FTA(自由貿易協定)による経済協力や知識の交流を通じて、東アジア地域の安定を目指すべきだと提言している。この見解は一定の意義を持つものの、アメリカのプレゼンスを前提とした議論であり、東アジアにおける新たな秩序像を描くにはやや限定的な印象も受ける。

 増補章の内容は本書の中心的テーマであるEUの拡大とはやや離れており、全体の構成との整合さを感じるものの、本書全体としては、中東欧地域のEUにおける役割や位置づけを理解するうえで有益な内容となっている。

羽場久美子『拡大ヨーロッパの挑戦 増補版』(2014)

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