異質な中国市場 – 門倉貴史『中国経済の正体』

(上海の高層ビル群)

読書案内

門倉貴史『中国経済の正体』(2010)

リーマンショック後も堅調な中国経済

 2010年刊行。
 中国がGDPで日本を抜く直前の経済状況を解説している。

 2008年のリーマンショック後、世界で信用縮小が進むなか、中国金融はリスクの高いサブプライムローンを避けていたため、その影響をあまり受けなかった。国内では着実に不良債権処理を進め、2000年代初頭には20%を超えていた不良債権比率が09年には過去最低の1.5%まで縮小している。
 世界的に金融危機が広がっている中で、中国金融が健全性を示したことで、世界経済における中国の影響力は飛躍的に増すことになった。
 それを示す一例として08年以降、世界銀行やIMFといった国際機関の要職に中国人が就任している。世界的な不況の中でも経済成長が持続した結果、外貨準備高も09年末には世界最大の2兆4000億に達し、融資の引き受け先としても存在感を増している。

 こうした持続的な経済成長は内需によっても支えられている。つまり、中国の経済成長は内需主導型に徐々に変わってきている。国外の急激な需要の落ち込みにも耐えられる体質が徐々に出来上がりつつあるのだ。中国国内の個人消費が沿岸部を中心に堅調に伸びており、このまま国内市場が成熟してくれば、安定的な経済成長がしばらくは続くことになるだろう。

中国の異質性

 好調な中国経済だが、先行きの不透明さもぬぐいきれない。短期的な懸念材料としては、資産バブル発生の可能性があげられる。
 リーマンショック後、世界各国が金融緩和を行っているためその資金が投機マネーとして中国の株式と不動産に流れている。中国人民銀行は預金準備率をたびたび引き上げることで、この問題に対応しているようだ。

 だが、中国経済の成長を脅かす本質的な問題とは、中国市場の異質性にある。縁故資本主義crony capitalismと呼ばれているように、共産党との人脈が融資の決定や許認可、さまざまな優遇策などを左右するため市場における公平な競争が確保されていない。人権や法治主義といった近代社会にとって基礎的な概念も希薄なため、中国へ企業が進出するには他の国にはない政治的なリスクを抱えることになる。民主化要求の高まりも中国に一時的な政治的混乱をもたらすだろう。こうした政治的リスクは、企業の中国離れを引き起こす要因になっている。
 地方政府や地方の担当局が、共産党への虚偽申告を繰り返すため、信頼できる経済統計がないということも問題だ。

アメリカとの対立

 中国経済が影響力を増したことで、アメリカとの対立も深刻化している。09年中国は、外貨準備高で日本の1兆500億ドルの二倍以上の2兆4000億だ。外貨準備高で世界最大となった中国は、その蓄積した外貨を米国債の形で保有している。米国財務省の統計で09年末時点、8948億ドルに達し世界最大の米国債保有国となった。この中国保有の大量の米国債が、アメリカとの関係を緊迫したものにさせている。

 中国が米国債の引き受けを拒否したり、あるいは売り浴びせるといったことをすれば、米国債の価格は急落し、利回りが急騰する。長期金利がそれに連動して上昇すれば、米国内の景気を悪化させることになる。アメリカ経済は中国の動向に大きく左右される立場になってしまった。
 だが一方の中国はドル建て資産を保有しすぎたことで、ドル価値の維持に協力せざるをえくなったとも言える。中国がアメリカ経済の影響下から逃れるためには、外貨準備を米ドル以外の通貨へ少しずつ移していかなくてはならないが、それは米ドルの国際的地位を揺さぶることにもなりかねない。アメリカを刺激しないよう慎重な判断が中国側にも求められている。

 本書は、このような現在の中国経済を概観するには非常に便利だが、なぜ中国経済がこれほど発展したのかという問いにはほとんど答えていない。2000年代初頭には、BRICsの一角でしかなかった中国が、今やG2の一角とまで言われるようになったのはなぜなのか。他の新興国とは何が決定的に違ったのか、そういった問いには別の本を当たる必要がありそうだ。