停止後もつづく原子炉の危険性
原子力発電所は、他の発電所と比べ、その危機管理のあり方が大きく異なります。
最も異なる点は、発電を停止してもすぐには安全にならないということです。たとえば火力発電所では、燃料の供給を止めれば発熱は止まりますが、原子炉では運転を停止した後も、炉心や取り出された使用済み燃料が「崩壊熱」と呼ばれる高温を出し続けるため、長時間にわたる冷却管理が必要になります。
営業運転を終えた原子炉でも、炉心が安定するまでに通常数日間は冷却作業を続けなければなりません。原子力発電所で事故が起きた場合、緊急停止で冷却水の循環が止まると、早ければ約3時間で燃料棒の温度が摂氏2800度に達し、炉心溶融(メルトダウン)が始まる恐れがあります。
さらに、燃料棒の温度が摂氏1200度を超えると、燃料を包んでいる「ジルカロイ」という金属が水蒸気と反応して水素ガスを発生させます。原子炉の周囲には多数の配管が通っており、水素のような軽い気体が接合部の隙間から外部に漏れ出すことは十分にあり得ます。そして、水素が酸素と反応すると爆発が起こり、施設の構造物が破壊される可能性があります。
実際、福島第一原発の1号機と3号機では、この水素爆発が発生し、原子炉建屋の上部が吹き飛びました。爆発の激しさから、燃料棒の被覆管は大きく損傷し、中の燃料ペレットも破損、あるいは一部が溶け出したと推測されます。
また、爆発によって建屋上部にあった使用済み燃料の貯蔵プールが外気にさらされる状態となりました。炉心でのメルトダウンと共に、使用済み燃料の貯蔵プールでも同様の事態が発生しました。
それにもかかわらず、東京電力や政府が使用済み燃料プールの危険性に適切に対応していたとは言いがたく、対応の遅れが目立ちました。これは、情報を意図的に隠していたのか、それとも危険に気づいていなかったのか、疑問が残るところです。
炉心も燃料プールも、水が失われて高温になると燃料が溶け出し、大量の放射性物質が環境に放出される危険性があるという点では共通しています。それにもかかわらず、プールへの対処がほとんどされていなかったことは、危機管理上の重大な失敗だと考えられます。
連鎖的に発生する危機
原子力発電所における事故では、「炉心融解(メルトダウン)」「水素(または水蒸気)爆発」「使用済み燃料貯蔵プールの破壊」といった事態が連鎖的に発生する可能性があり、これは原子力災害の中でも最も深刻なシナリオの一つです。それぞれの危険性について詳しく説明します。
1. 炉心融解(メルトダウン)
● 定義
原子炉が緊急停止した後も、核燃料は「崩壊熱(ほうかいねつ)」という放射性物質の自然崩壊による熱を出し続けます。この崩壊熱を除去できないと、燃料棒の温度が上昇し続け、ついには燃料が溶けてしまう現象を「炉心融解」と呼びます。
● 何が起こるか
- 燃料棒のジルカロイ被覆管が破損・融解
- 燃料ペレットが溶けて集合体をなさなくなる
- 炉心下部に溶けた燃料がたまり、さらなる温度上昇
- 原子炉圧力容器や格納容器の貫通・破損の可能性
● 危険性
- 放射性物質が格納容器外に漏れる可能性
- 高温の溶融物が水と接触すると水蒸気爆発を引き起こす恐れがある
- 大規模な環境汚染につながる
2. 水素爆発
● 原因
燃料棒の被覆材であるジルカロイ(ジルコニウム合金)が高温になると、水蒸気と反応して水素ガスを発生します。
この水素ガスが格納容器外に漏れ、酸素と混ざって点火すると爆発します。
● 影響
- 原子炉建屋の破壊(福島第一原発の1号機、3号機、4号機で実際に発生)
- 被害範囲が広く、周囲の構造物が吹き飛ぶ
- 作業員の作業環境の悪化、冷却作業の妨げ
- 水素爆発による放射性物質の拡散
3. 使用済み燃料貯蔵プールの破壊
● 概要
使用済み燃料は、原子炉から取り出したあとも強い放射線と崩壊熱を発し続けるため、専用のプールに水で冷却・遮蔽された状態で保管されます。
● 危険性
- 水が蒸発・漏出すると冷却機能が失われ、燃料が過熱
- 燃料の損傷が進行すると、放射性物質が大気中に放出される
● 構造上の問題点
- 多くの原発では、プールが建屋の上部に位置しており、建屋が爆発・損壊すると露出してしまう(福島第一原発で発生)
- プールには原子炉内よりも多くの燃料が保管されている場合がある
まとめ:一連の事故の流れと相互作用
- 冷却系の停止
→ 崩壊熱が除去されず、炉心温度上昇 - 炉心融解(メルトダウン)
→ 被覆管の反応、水素発生 - 水素の格納容器外への漏洩・爆発
→ 原子炉建屋の破壊、放射性物質の拡散 - 使用済み燃料プールの破損・水位低下
→ プールでも燃料が加熱、水素爆発や放射能漏れ - 広範な環境汚染と健康被害のリスク
福島第一原発事故
- 1号機:メルトダウン・水素爆発
- 2号機:メルトダウン
- 3号機:メルトダウン・水素爆発
- 4号機:稼働停止中だったが、3号機の影響などにより水素爆発(使用済み燃料プールの水位低下)
参考
桜井淳『新版 原発のどこが危険か』朝日新聞出版 (2011)
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