なぜ本は値下げしないのか?
読書が趣味なので、よく本屋さんに出かけるのですが、本を買うたびにいつも不思議に思うことがあります。
——なぜ、本だけは値下げされないのでしょうか?
本は「定価で買うのが当たり前」と、多くの人が無意識のうちに思い込んでいるようで、疑問にすら感じなくなっているように思います。しかし、よく考えてみると、これはとても不思議な現象です。
ここは日本、資本主義の国です。
それなのに、本という商品だけが、資本主義社会の原則から外れているのです。
その背景には、「再販制度(再販売価格維持制度)」という、日本の出版業界特有の仕組みが存在しています。この制度のために、本の流通や小売の仕方が、他の一般的な商品とは大きく異なっているのです。
消費者の立場から見ると、非常に分かりづらい制度です。本当にこれは、消費者の利益にかなっているのでしょうか?
再販制度とは?
再販制度———
正しくは「再販売価格維持制度」といって、出版社(生産者)が価格を決定し、小売りに対してその価格を維持させる制度のことです。
(価格維持の方に重要な意味がある言葉なのに、どういうワケか、重要な方を省略して、再販制度と言っている。)
本来であれば、価格の維持は独占禁止法の違反ですが、1953年に独占禁止法が改正され、「出版物・医薬品・化粧品等」が例外品目として、価格の維持が認められました。
医薬品や化粧品の再販制度は、過当競争による不当廉売から製造企業と小売りを守るために導入されました。
このような市場原理に反した制度は、需給関係に少なからず歪みを生じさせます。そして、時が経つにつれて、その歪みは大きくなっていきます。
消費者保護の観点から、医薬品・化粧品に関しては、その後何度も適用範囲を縮小する法改正がなされ、最終的に1997年に撤廃されました。
しかし、一方の出版物に関しては、今だに再販制度が維持されています。
出版物の再販制度の趣旨とは?
そもそも出版物の再販制度は、「生産者(出版社)を守るためのものなのか」「流通業者(取次・書店)を守るためのものなのか」「読者(消費者)を守るためのものなのか」——その趣旨が曖昧なまま制度化された経緯があります。
実際、1953年当時の国会審議では、再販制度の目的についての議論がほとんど行われておらず、議事録にも詳しい記録が残っていません。何を目的として出版物が例外品目に指定されたのか、今日では明確に分からなくなっています。おそらくは、「制度ありき」で法改正が行われたのでしょう。
(昔から日本の国会では、「何のための議論なのか分からない」という例が少なくないのは残念です……)
出版物の再販制度も、もともとは医薬品と同様に産業保護を目的に導入されたのではないかと推察されます。しかし、出版業界の成長に伴い、「文化の保護」「言論の多様性」など、さまざまな理由が後から付け加えられてきたようです。
一般社団法人日本書籍出版協会によれば、今では、再販制度は以下のような名目で維持されるべきものと規定されています。
出版物再販制度は全国の読者に多種多様な出版物を同一価格で提供していくために不可欠なものであり、また文字・活字文化の振興上、書籍・雑誌は基本的な文化資産であり、自国の文化水準を維持するために、重要な役割を果たしています。
Q. 再販制度がなくなればどうなるのでしょうか?
A. 読者の皆さんが不利益を受けることになります。
①本の種類が少なくなり、
②本の内容が偏り、
③価格が高くなり、
④遠隔地は都市部より本の価格が上昇し、
⑤町の本屋さんが減る、という事態になります。
再販制度がなくなって安売り競争が行なわれるようになると、書店が仕入れる出版物は売行き予測の立てやすいベストセラーものに偏りがちになり、みせかけの価格が高くなります。
また、専門書や個性的な出版物を仕入れることのできる書店が今よりも大幅に減少します。
まとめると、こんな感じ。
- 多種多様な出版物を、同一価格で全国の読者に提供するため
- 文字・活字文化を振興するため
- 基本的文化財としての出版物を保護し、自国の文化水準を高めるため
確かに、これらはどれも重要な理念ではあります。ただし、それが現実にどう機能しているのか、また、制度が本当に読者や文化のためになっているのかについては、より深い検証が求められる時代に来ているのではないでしょうか。
再版制度は何のための制度か?
産業保護、文化保護、消費者保護など、再販制度にはさまざまな趣旨が掲げられています。しかし、あまりに多岐にわたるために、かえって「何のための制度なのか」が不明確になっているのが実情です。
たとえば、「消費者保護」と一口に言っても、実は二つの異なる側面があります。
- 消費者の経済的利益の保護(=より安く商品を購入できること)
- 消費者の利用機会の保護(=多様な商品が継続的に提供されること)
そして、この二つの保護はしばしば相反します。
一般に、価格競争を制限して生産者を保護すれば、多種多様な商品を安定して供給できるようになります。これは「利用機会の保護」につながります。しかし逆に、自由な価格競争を認めれば、消費者は安く商品を手に入れられます。これは「経済的利益の保護」にはなりますが、その結果として生産者の淘汰が進み、寡占状態に陥る危険もあり、結果的に利用機会が損なわれるおそれもあるのです。
「本」という商品の特殊性
では、「本」という商品の場合はどうでしょうか。
書籍は現在、再販制度によって価格競争が制限されています。つまり、消費者の経済的利益の一部を制限することで、商品の多様性や流通の安定、つまり利用機会の保護を重視しているということになります。
出版社(生産者)や書店(小売業者)を制度的に支えることで、それが最終的に読者(消費者)にとっての利益となる——これが再販制度の基本的な理念です。
たとえ読者が「もっと安く本を買いたい」と思っても、出版物における過度な価格競争やディスカウントは制限されています。これは、書籍という商品のもつ「文化的価値」に根ざした考え方でもあります。
ある偉い人が「書店を見れば、その地域の知的水準がわかる」と言っていた気がします(誰だったかは思い出せませんが……)。それほど、本というものは文化の土台をなす存在なのです。
出版物の保護は、言論の自由や国民の知る権利を支えることにつながります。これは、民主主義の根幹を支えるうえでも非常に重要なことだと言えるでしょう。
再販制度は本当に機能しているのか?
現在の再販制度が、もしも本当に「文化水準の向上」に寄与しているのであれば、それは非常に素晴らしいことです。多種多様で質の高い書籍が、適正な価格で提供されているのであれば、読者にとっても歓迎すべき制度ですし、日本全体の文化水準も“爆上がり⤴”しているはずです。
実際、日本書籍出版協会によれば、再販制度は「出版の多様性を保護しつつ、書籍の低価格化にも貢献している」とのことです。どうやら、市場原理がなくても「適正価格と安定供給」が両立できているそうです❗
……でも、本当にそうでしょうか?
多種多様で、質の高い本が、適正な価格で提供されている——本当に、それは実現されているのでしょうか?🤔
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