高度プロフェッショナル制度とは何か——長時間労働を合法化する“抜け道”
安倍首相が「70年に及ぶ労働基準法の歴史的な大改革」として位置付け、今国会での成立を目指している働き方改革関連法案。過労死やうつ病の要因となっている長時間労働の是正を目的としており、成立すれば2019年4月から施行される。
しかし、その目的とは裏腹に、同法案には、長時間労働を事実上無制限に認める「高度プロフェッショナル制度」の導入が盛り込まれている。これは、改革の趣旨と根本的に矛盾する内容である。
高度プロフェッショナル制度とは、年収1075万円以上の高収入かつ高度な専門知識を有する労働者を対象に、労働時間規制を適用除外とする制度である。制度が適用されると、労働時間の裁量は労働者に委ねられるが、実際には以下のような法的保護が一切外されることになる:
- 労働時間の上限規制の対象外
- 残業代、深夜手当、休日手当の支払い義務の除外
- 労働時間の管理そのものの対象外
つまり、どれだけ長時間働いても追加の報酬が発生せず、時間外労働が常態化しても法的に違法とはならない。
だが、この制度は従来の裁量労働制と何が違うのか。実のところ、両者の違いは主に「適用要件」にあるに過ぎず、制度の本質的な構造はほぼ同じである。いずれも「みなし労働時間制」を採用しており、実際の労働時間にかかわらず、定められた時間を働いたものとみなされる点で共通している。
この制度と非常によく似ているのが、過去にたびたび導入が試みられてきた「ホワイトカラーエグゼンプション」である。実際、「高度プロフェッショナル制度」は、その焼き直しにほかならない。
ホワイトカラーエグゼンプションは、もともと1995年に日本経営者団体連盟(日経連)が提言したもので、その後も経団連をはじめとする経済界から再三導入が求められてきた。だが、労働者の権利保護の観点から、過去には強い社会的反対にあって導入が見送られてきた経緯がある。
そして、2012年第2次安倍内閣が発足した。経団連や財界との繋がりの強い安倍内閣が、この経済界の意向を汲み取らないわけがない。名称を「高度プロフェッショナル制度」と改め、さらに「働き方改革関連法案」という包括的な法案に組み込むことで、制度の導入を目指した。こうした手法は、従来の反対世論を回避しつつ、企業側の要望を実現するための“抜け道”として巧妙に設計されたものといえる。
政府は一貫して「高度な専門職に限った制度」であり、「本人の同意が必要」と説明するが、導入後の運用次第では、制度が拡大される可能性は否定できない。過去の裁量労働制や派遣労働制度の例を見れば、一度導入された制度が際限なく広がっていく危険性は明らかである。
実際、今回の法案では、厚生労働省による不適切なデータ使用が発覚したことで、裁量労働制の対象拡大は見送られたが、もし不正が明るみに出なければ、政府は「みなし労働時間制」を大規模に導入しようとしていた可能性が高い。
こうした一連の動きから見えるのは、「働き方改革」の名のもとに、労働者保護の看板を掲げつつ、実際には企業側の利益を優先した制度設計が進められていたという現実である。安倍首相がどちらの側を向いていたかは、もはや明白ではないだろうか。
名前を付け替えるだけの「みなし労働時間制」
ホワイトカラー・エグゼンプション、高度プロフェッショナル制度、裁量労働制……
政府は次々と新しい名称を打ち出してきたが、これらは名称や適用要件に多少の違いがあるにすぎず、いずれも本質的には「みなし労働時間制」である点で共通している。
結局のところ、財界の要望に応えるかたちで、あらゆる労働者を対象に「みなし労働時間制」を拡大適用しようとしているにすぎない。それぞれの制度に異なるラベルを貼り替えながら、制度の実質を少しずつ浸透させ、最終的には法制度として定着させようとする――そうした意図が透けて見える。
今回の働き方改革関連法案で、「高度プロフェッショナル制度」の導入が正式に決定された。
多くの人は「年収1075万円以上が対象なら、自分には関係ない」と思っているかもしれない。しかし、派遣労働や裁量労働制がそうであったように、制度の導入後には規制の緩和や対象範囲の拡大が繰り返される可能性が高い。
現在、高プロ制度の年収要件は1075万円だが、今後800万円、500万円と下がっていく懸念は拭えない。対象業務も現時点では「高度な専門性を有するもの」に限定されているが、その範囲の拡大も十分にあり得る。
制度創設時は注目を集めるが、一度成立すれば細かな改正は見過ごされがちだ。いつの間にか要件が変わり、制度の性質そのものが骨抜きにされていく。実際、派遣労働もかつては高度専門職に限られていたが、今では製造業や事務職にも広がっている。こうした制度拡大が現実にならないとは言い切れないのが、日本の労働法制の歴史だ。
制度の悪用や拡大を防ぐには、国民の監視と声が不可欠だ。選挙を通じて、こうした政策に対する意思を示すことこそが、最大の対抗手段である。
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