AIによって雇用は奪われるのか──
AIと日本の雇用を考える(全3回)第2回
第1回 第3回
日本の長期雇用慣行とAI導入が雇用に与える影響
日本ではAI導入が進みつつある一方で、他国に比べて大規模な解雇や失業増加は確認されていない。
その背景には、日本特有の長期雇用慣行(いわゆるメンバーシップ型雇用)が存在する。
OECD の2025年調査によれば、AI導入企業において 「周囲でAIにより失職した人がいる」と回答した割合は、日本では概ね13~15%にとどまり、比較国平均(約20%前後)を下回っている。
本節では、統計に見られるこうした差異が、日本の制度的特徴を反映したものであることを解説する。
Job型雇用と入社型雇用の構造差
雇用契約の単位の違い
日本と諸外国(特に米国)における雇用流動性の差は、雇用慣行の違いに起因している。これにより、AI導入時に「雇用」が調整弁として機能するかどうかに決定的な差が生じている。
- 米国(Job型雇用): 雇用が特定の「職務(Task)」に紐付いているため、AIによる自動化が完了すると、その職務自体が消滅し、即座に解雇(レイオフ)に繋がっている。
- 日本(メンバーシップ型雇用): 雇用は「会社」に紐付いているため、特定の業務がAI化されても、人事主導の内部労働市場(配置転換)によって従業員を維持している。
現時点では、日本は海外諸国に比べてAIによる直接的な人員削減が少ない傾向にある。これは日本の解雇規制の強さと、配置転換による雇用維持機能を示している。
「人手不足の補完」という導入目的の違い
日本におけるAI導入の動機は、他国で見られる「コスト削減(人員削減)」よりも、切実な「労働力不足の解消」に主眼が置かれている。
日本では少子高齢化に伴い労働力人口が減少している。総務省統計では、生産年齢人口は1995年をピークに減少を続けている。
そのため企業のAI導入目的は、
- 人員削減
よりも - 人手不足補完
- 省力化
- 業務標準化
に置かれている。
企業調査でも、AI導入後も必要人員数が変化していないとの回答が多数を占める。
つまり、日本ではAIは「代替技術」というよりも「補完技術」として機能している。
- 目的の変化: 多くの日本企業では、AIを「クビを切る道具」ではなく、退職者の穴を埋める「労働力の補填」として活用している。
- 業務の再編成: 正社員がルーチンワークをAIに任せ、より複雑な付加価値業務へシフトする「職種転換(Job Transformation)」が緩やかに進行している。
生産性のジレンマ:分母が減らない構造
日本の雇用維持の仕組みは「社会の安定」には寄与しているが、労働生産性の観点からは課題を抱えている。
労働生産性は以下の数式で定義される。
労働生産性 = 付加価値額(GDP) ÷ 労働投入量(就業人数 × 労働時間)
日本企業はAI導入に際し、直接的な解雇よりも以下の方法で調整する傾向がある。
- 配置転換
- 業務再設計
- 定年退職による自然減(欠員不補充)
この結果、労働投入量(分母)が急減しない。
仮にAIによって一部業務が効率化されても、労働投入量が維持される場合、生産性指標の上昇は限定的となる。
AI導入によって分子(付加価値)が劇的に増えない限り、分母である「労働投入量(人員)」を維持し続ける日本の慣行では、統計上の生産性向上は極めて限定的になる。これが、日本がデジタル化を推進しても生産性が向上しにくい構造的要因となっている。
公益財団法人日本生産性本部の統計によれば、日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟国中で中位~下位に位置し、長期的な伸び率も米国を下回る水準で推移している。
日本生産性本部の統計によると、日本の「一人あたり年間労働生産性」はOECD加盟国中で下位(OECD加盟38カ国中32位)に沈み、長期的な伸び率も米国を大きく下回っている。
この停滞の背景には、雇用維持を優先する日本型の調整が、マクロ統計上の生産性向上を抑制しているという構造的要因が示唆される。
生産性停滞との関係:歴史的文脈
現在の状況は突然生じたものではない。
日本は1980年代以降、
- デジタル化
- 1990年代のICT化
- 2000年代のDX推進
- 2020年代のAI導入
と段階的な技術革新を経験してきた。
しかし、生産性統計上は米国のような持続的な上昇トレンドは確認されていない。
この現象は、経済学で言うソロー・パラドックス(ITは至る所にあるが生産性統計には現れない)に近い構造を持つ。
現在のAI導入も、
- 導入率の低さ
- 補完目的中心
- 雇用維持型人事制度
- AI活用人材の不足
といった要因により、統計上の生産性上昇としては顕在化していない。
| 年代 | 技術革新 | 雇用への影響 | 生産性への結果 |
| 1980年代 | OA化・FA化 | 事務・工場の自動化 | 製造業の現場効率は向上 |
| 1990年代 | ICT化(PC・ネット) | 社内インフラの整備 | 組織構造の壁により停滞 |
| 2010年代 | DX(クラウド等) | 働き方改革の推進 | 労働時間は減るが革新不足 |
| 2025年〜 | 生成AI実装 | 配置転換・人手不足対応 | ?(現在の課題) |
1980年代から続く「技術を導入しても生産効率が爆発的に向上しない」という状況は、①低い導入率、②目的の矮小化、③硬直的な人事制度、④専門人材の不足、という四重苦が形を変えて繰り返されているに過ぎないとも言える。
現在のAI狂騒劇は、過去40年のIT化と同じことを繰り返している可能性もある。
まとめ ― 失業抑制と生産性停滞のトレードオフ
日本の長期雇用慣行は、
✔ 短期的失業を抑制する安全弁
である一方で、
✔ 労働投入量の調整を遅らせ、生産性統計上の伸びを抑制する可能性
を併せ持つ。
現段階の日本は、
「AIによる雇用破壊」局面ではなく「雇用維持型の漸進的再編」局面
にあると整理できる。
しかしこの構造が続く場合、
雇用は守られても、賃金上昇や国際競争力の改善が遅れる可能性がある。
次節では、1980年代以降のデジタル化と生産性推移を定量的に検証し、AI時代における構造的課題を整理する。



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