日本の軽水炉 – 特徴と課題
日本の商業用原子炉はすべて「軽水炉」で構成されており、その型には「沸騰水型原子炉(BWR)」と「加圧水型原子炉(PWR)」の2種類があります。これらはアメリカで開発された技術を導入したもので、日本独自の改良はあるものの、基本的な設計はアメリカ製です。
軽水炉の特長は、小型で高出力、経済性にも優れている点です。現在、世界に約500基ある商業炉の約8割が軽水炉であり、国際的にも主流となっています。
日本ではPWRが約6割、BWRが約4割とほぼ均等に分かれており、地域的には西日本がPWR、東日本がBWRを主に採用しています。ただし例外もあり、西日本の中国電力はBWR、東日本の北海道電力はPWRを使用しています。
日本の軽水炉導入における大きな特徴は、1960年代後半、まだ世界的に軽水炉の導入が進んでいなかった段階で、すでに敦賀、美浜、福島第一の各原発に1号機を発注し、世界最先端へと踏み出した点にあります。
しかし、ここで重要なのは、日本が地震多発国であるという事実です。つまり、アメリカから導入した軽水炉技術に、どのように耐震技術を加えるかということが、当初からの大きな課題だったのです。その結果、日本の原子力発電所に求められる安全対策は、世界でも最も厳しい水準に達しています。
さらに、軽水炉にはその構造上の危険性も内在しています。それは「小型で高性能」という特性と表裏一体で、熱出力密度が非常に高いことに起因します。通常運転からのわずかな逸脱が、深刻な危険につながる可能性があるのです。
その中でも最も重大なリスクが、「冷却水喪失事故(loss-of-coolant accident: LOCA)」です。
原子炉圧力容器から冷却水が失われると、燃料は冷却されずに加熱を続け、最悪の場合「メルトダウン(炉心溶融)」が起こります。高温で溶けた核燃料が圧力容器を突き破り、格納容器や原子炉建屋を破壊すれば、大量の放射性物質が環境中に放出される恐れがあります。これはまさに、最も恐れられる事態です。
このような事態を防ぐため、原子力発電所には多重の安全対策が施されています。次に、その主要な3つの柱について見ていきましょう。
軽水炉の三つの「命綱」
軽水炉には、大事故を防ぐための三つの主要な安全装置、いわば「命綱」があります。
1. 制御棒 ― 核分裂反応の即時停止
最初の命綱は「制御棒」です。これは中性子を吸収する素材でできており、燃料集合体の間に挿入することで核分裂の連鎖反応を止めます。
日本の原発では、地震などの緊急時に制御棒が2秒以内に炉心へ挿入されることが技術基準となっています。実際にはおよそ1秒で作動しています。
たとえば、2007年の中越沖地震では、柏崎刈羽原発(BWR型)で2000ガルもの強い揺れが発生しましたが、制御棒は1.6秒で挿入され、基準を満たしました。
この高い信頼性は、香川県・多度津の試験施設における厳しい三次元振動試験によって裏付けられています。ここでは、実物の半分スケールの模擬炉を使って、強い揺れの中でも制御棒が正常に作動するかを繰り返し検証しています。
2. 緊急炉心冷却装置(ECCS) ― 冷却水喪失時の対応
2つ目の命綱は、「緊急炉心冷却装置(ECCS)」です。
原子炉や配管が破損すると高圧の冷却水が失われ、燃料棒が過熱しメルトダウンに至る危険があります。これに対しECCSは、緊急時に炉心へ水を注入し、燃料の冷却を継続します。
ECCSには、「高圧注入系」と「低圧注入系」など複数の注水システムがあり、1系統が故障しても他で補える多重構造となっています。
ただし、その動力源となる電力の確保が不可欠であり、ここで次の安全装置が重要になります。
3. 非常用ディーゼル発電機 ― ECCSの電源確保
3つ目の命綱が「非常用ディーゼル発電機」です。これは軽油で動作する大型ディーゼルエンジンで、原子炉の外部電源が失われた際にも、ECCSなどを動かす電力を供給します。
日本の原発では、1台あたりの起動失敗確率は1000分の1とされていますが、これでも不十分と判断され、最低2台を並列に配置しています。これにより、2台とも起動に失敗する確率は100万分の1に低減されています。
PWR型では基本的に2台、最新のBWR型ではさらに安全性を高め、3台並列配置となっています。
しかし、福島第一原発は1970年代に運転を開始した初期型であり、1~6号機すべてが非常用発電機2台のみの構成でした。これが、東日本大震災のような非常事態において、深刻な結果を招く一因となりました。
耐震設計の限界と東日本大震災の衝撃
原子力発電所では、地震への対策として耐震設計がなされているものの、その効果には限界があります。設計想定を超える規模の地震が発生すれば、機器や構造物に歪みや破損が生じ、性能が保てなくなる恐れがあるのです。
中越沖地震(2007年)での教訓
2007年の中越沖地震では、柏崎刈羽原子力発電所に設計想定の2倍の揺れが加わりました。にもかかわらず、1か月後の現地調査では、目立った損傷や変形は確認されませんでした。この結果は、「設計想定を超えても、すぐに深刻な影響が出るわけではない」という一つの事例となりました。
しかし、これは運が良かっただけともいえます。もし地震の規模がさらに大きければ、設備の破壊に至っていた可能性も否定できません。
東日本大震災 ― 想定外の規模
2011年の東日本大震災は、マグニチュード9.0という日本観測史上最大級の地震でした。想定をはるかに超える揺れに加え、長時間にわたる強震動と巨大津波が発生しました。
福島第一原子力発電所では以下のような連鎖的事象が起きたと考えられます。
- 地震により発電所のシステム全体に歪みが生じた
- 非常用ディーゼル発電機が作動せず、ECCSも起動できなかった
- 炉心冷却が不能となり、一部で炉心溶融(メルトダウン)が発生
システム異常と復旧の困難さ
今回の事故では、損傷の箇所や状況が特定できないという問題が復旧をさらに難しくしました。通常であればマニュアルに沿った対処が可能ですが、今回は状況が不明なまま「ぶっつけ本番」で対応するしかなかったのです。現場は極限状態に置かれ、東京電力の対応も大きな困難に直面しました。
他の原発との対比
同じ震災を受けた東北地方の他の原発では、比較的安定した対応が行われています。
- 女川原子力発電所(宮城県):1〜3号機すべてで炉心冷却が成功
- 福島第二原子力発電所:1〜4号機が運転中だったが、すべて冷却維持に成功
一方、福島第一原子力発電所では、津波により外部電源と非常用電源のすべてが機能を失い、全電源喪失(SBO)という深刻な事態に陥りました。4〜6号機は定期点検中で停止していたものの、運転中だった1〜3号機ではECCS(緊急炉心冷却装置)が作動せず、これが事故の直接的な原因となりました。
多重に設けられた安全装置も、電源喪失という前提を超える事態には対応できず、事故の発生・拡大を防ぐことはできませんでした。
使用済み燃料プールのリスク
さらに深刻な問題となったのが、使用済み燃料プールの冷却機能の喪失です。原子炉建屋の上部に設けられたこのプールでは、使用後の燃料を水中で冷却保管しています。使用済み燃料は依然として大量の熱(崩壊熱)を発し続けるため、冷却が必須です。
しかし、地震と津波により水の循環が停止し、水温が上昇。これにより、水位低下や燃料露出、さらなる放射線リスクが懸念される事態となりました。
参考
桜井淳『新版 原発のどこが危険か』朝日新聞出版 (2011)
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