消費税増税の背景にあるもの
再び、消費税が引き上げられようとしている。
景気後退を招く可能性が高いにもかかわらず、財務省だけでなく、経団連をはじめとする財界もこれを後押ししている。政官財が一体となって、「増税ありき」の議論が進められているのが実情だ。
なぜ、こうした動きが繰り返されるのか。
その理由は、実は単純である。消費税は、大企業にとって非常に有利な税制だからだ。
消費税の本当の負担者は誰か?
消費税は「間接税」に分類される。つまり、実際に税金を負担するのは消費者だが、納税義務を負うのは、法人や個人事業主などの事業者である。事業者は、販売価格に上乗せする形で消費税を消費者から預かり、それを国に納める。
一見して分かりやすい仕組みだが、これはあくまで、消費税分を価格に適正に転嫁できている場合の話である。
現実には、価格競争が激しく、長期的なデフレ傾向が続く中で、消費税分をそのまま価格に反映させるのは容易ではない。仮に価格に転嫁できなければ、消費税分を事業者自身が負担することになる。その結果、税の“負担者”と“納税義務者”がどちらも事業者になるという、制度上のねじれが生じる。
これはもはや、形式上は間接税であっても、実質的には直接税と変わらない。特にデフレ下においては、消費税が事業者にとって過大な負担となりやすい構造になっている。
経済状況と税の転嫁可能性
経済が成長し、物価が上昇するインフレ局面であれば、消費税分を価格に転嫁することは比較的容易だ。しかし、日本では2012年から日銀がインフレ目標を掲げているものの、2018年7月時点でも2%の物価上昇目標は達成されていない。
そうした中で、政府は6月15日、2019年10月からの消費税10%への引き上げを閣議決定した。
2014年に5%から8%に引き上げた際と同様に、今回も価格転嫁が困難な事業者が多数出てくることは避けられないだろう。
増税がもたらす現実
その影響は、すでに「消費税の滞納額の増加」という形で現れている。国税庁の平成28年(2016年)の統計によると、税金の総滞納額8971億円のうち、実に3100億円が消費税によるものである。
この数字は、単なる経営努力や商売の工夫ではどうにもならない構造的な問題の存在を示唆している。
消費税の滞納が多いのは、事業者のモラルや能力の問題だけではない。むしろ、消費税を価格に転嫁できないような経済環境下で増税が進められるという政策判断そのものに、原因があるのではないだろうか。
仕入れ税額控除の仕組みと問題点
消費税は、年間売上(年商)が1,000万円以上の事業者に課される(※2004年に基準が3,000万円から引き下げられた)。このため、年商1,000万円未満の個人事業主や小規模企業には関係のない税のように思えるかもしれない。
しかし、たとえ非課税の小規模事業者であっても、仕入れや経費の支払い時には消費税を負担している。つまり、課税・非課税を問わず、すべての事業者が消費税を支払っている。
そして、売上高1千万以上の消費税課税事業者は、最終的に消費者にモノやサービスを提供する際に、その価格にさらに消費税を上乗せする。そうすると、消費者に一つのモノやサービスが届くまでの間に、何重にも消費税が支払われてしまうことになる。
たとえば、原材料生産者、加工業者、卸業者、小売業者、消費者へと商品が渡っていくそれぞれの段階で消費税が課されているのだ。
これを「累積課税」という。
この累積課税を解消するために「仕入れ税額控除」という制度がある。事業者は経費に対して支払った消費税分の控除を受けることができる。
もし、ある小売業者が1000円の商品を販売して80円の消費税を受け取ったとしよう。その商品を仕入れる経費が700円だとするとこの小売業者はすでに56円の消費税を支払っている。この受け取り消費税80円から支払い消費税56円を引いた分。。。
80 – 56 = 24
この24円を納税すればよいことになる。
この控除を受けることによって、はじめて消費税の負担者が最終消費者になる。
小規模事業者にとっての不利な現実
ところが、この「仕入れ税額控除」制度は、実務上は小規模事業者にとって大きな負担となる。理由は以下の2点にある。
- 事務手続きの煩雑さ:仕入れ税額控除を適用するには、細かい帳簿付けや請求書の管理が必要で、税務署の審査も厳しい。専門部署を持たない小規模事業者には大きな負担である。
- 価格転嫁の困難さ:特に取引上立場の弱い事業者は、消費税分を価格に上乗せする(外税で請求する)ことが難しい。
このような状況下では、取引上、優位な立場にある大企業が、消費税分を下請けなどの取引先に押し付ける構造が生じやすい。たとえば、消費税率が引き上げられても、取引価格が据え置かれる場合、それは実質的な単価の引き下げであり、増税分を取引先が肩代わりしていることになる。
そうすると、ここでも消費税の実質的な負担者は誰なのか?という問題が起きてしまう。
実質的な税負担者の逆転
本来、消費税の負担者は消費者であるべきだが、現実には取引の力関係によって「税負担の押し付け」が起きている。
大企業は消費税分の負担を取引先に転嫁しつつ、自らは「仕入れ税額控除」によって控除を受けられる。その結果、本来は中立的であるべき税制が、事実上、大企業への税金による補助になってしまっている。しかも、消費税率が上がれば上がるほど、この控除額(=間接的な補助額)も大きくなる。
「輸出戻し税」というもう一つの問題
この構造的問題は、「輸出戻し税(消費税還付)」にも見られる。
日本の企業が輸出した製品は、輸出した先の国の税制において課税が行われる。そのため日本国内では輸出品に対する消費税を課されない。だが、このままだと、国内で諸経費に対して支払った消費税がそのまま輸出企業の負担になってしまう。そこで、この支払い消費税分をのちに国から還付する仕組みがある。それが「輸出戻し税」だ。国際競争力を高めるという観点から、国内で発生した経費に対する消費税を免除する措置だと言ってもよい。
だが、ここでもまた「仕入れ税額控除」と同じ問題が起きている。実質的な納税負担を下請けに押し付けていた場合、この「輸出戻し税」の還付金もただの税金による補助金ということになる。
「仕入れ税額控除」も「輸出戻し税」も、設計上は合理的な制度である。しかし、実際の運用においては、経済的に優位な立場の事業者にとっては有利に働き、逆に小規模事業者にとっては大きな負担となっている。こうした構造的な不平等が、消費税という一見公平に見える制度の下に隠されているという点は、今一度注視されるべきである。
公平負担の原則を問い直す
ここまで見てきたように、なぜ経団連や自民党、財務省をはじめとする省庁が、まるで挙国一致のような体制で「消費税増税ありき」の政策を進めているのか。その背景が見えてきたのではないだろうか。
消費税の仕組みを冷静に見れば、大企業にとっては負担の少ない、むしろ都合のよい税制であることが分かる。立場の弱い取引先に税負担を転嫁することができ、さらに「仕入れ税額控除」や「輸出戻し税」の制度によって、消費税率が上がれば上がるほど、企業側は実質的に補助金とも言える還付金を受け取ることができる。
誰が本当に税を負担しているのか
消費税は「間接税」として、理論上は最終消費者が負担することになっている。しかし、実態として誰がその税を負担しているのかは、必ずしも明確ではない。特に、経済的に弱い立場にある事業者や下請け企業が、消費税分を価格に転嫁できないまま負担するケースが少なくない。
国税庁にとっては、適切に税が徴収できていれば、誰が実際に負担しているかは問題にされない。しかし、その運用が、結果として「強者が得をし、弱者が損をする」構造になっているとすれば、そこには税制度としての根本的な歪みが存在する。
消費税増税の前に必要な制度見直し
2019年、ついに消費税率は10%に引き上げられる。だが、その前に政府が取り組むべきことがあるはずだ。「仕入れ税額控除」や「輸出戻し税」といった還付制度の運用実態を見直し、税の公平性を確保することこそが先決ではないか。
このままでは、経済的に強い立場にある企業ほど優遇され、負担はより立場の弱い中小企業や個人事業主に集中するという、極めて不公正な税制度が温存されることになる。
消費税の逆進性と格差拡大
さらに深刻なのは、消費税が逆進的な性格を持つ点だ。つまり、所得が低い人ほど、所得に占める消費税の負担割合が大きくなる。これはもともと消費税が抱える構造的な問題だが、実際の運用の段階においても、大企業や高所得者に有利に働く仕組みになっているのが現実である。
こうした制度の下で、政府が進める政策は、むしろ低所得層から高所得層への逆方向の所得再分配を促進しているようにも見える。
政策の方向性に対する問いかけ
私たち消費者・納税者は、政治家や官僚が誰の利益のために政策を行っているのかを、冷静に見極める必要がある。このまま社会の格差が拡大すれば、日本はやがて取り返しのつかない分断社会へと進んでしまうだろう。
今こそ、「公平負担の原則」という税の基本理念に立ち返り、誰もが納得できる税制度のあり方を真剣に考えるときではないだろうか。
参考
斎藤貴男『消費税のカラクリ』(2010)
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