山田順『資産フライト 「増税日本」から脱出する方法』(2011)
資本逃避のためのあの手この手
2011年刊行。
富裕層から老後資金に余裕のある一般の人まで、資産を海外に移す動きが加速している。
資本逃避は、2009年の民主党政権が誕生したころから増え始め、東北大震災以降さらに増加しているそうだ。
震災直後の2011年3月、1ドル76円という戦後史上最高の円高となった。政府はこの時、4兆5千億円を投じて円高阻止のための為替介入を行ったが、何の効果も得られなかった。円高を利用してエネルギー資源を購入しておけば、脱原発も推進できたはずだが、政府には円高を利用するという発想はなかった。(なお、政府が為替介入に使う外貨準備金は特別会計であり、国会の審議を経る必要はない。)
政府の金融政策が一貫性を欠き、迷走していたため、海外投資家はますます日本売りの姿勢を強めてしまった。
このような震災直後の混乱期に、国内資産を海外へ逃避させた人々は、円高の恩恵もあり、相当な利益を上げたことだろう。
2011年には相続税が改正され、増税が実施される。最高税率は55%に引き上げられ、基礎控除は3,000万円、一人あたりの控除額は600万円まで引き下げられる。諸外国と比較すると、日本の相続税率は突出して高い。たとえば、ドイツは30%、アメリカは35%、フランスとイギリスは40%である。著者は、国際間の税率差が埋まらなければ、資産逃避は今後も続くだろう、という。
しかし、実際にどの程度の資産が海外に流出しているのかについては、本書では具体的な統計が示されておらず、実態は不明である。紹介されているのは、著者の身近な事例や個別取材によるケースのみで、数値的な裏付けは乏しい。そのため、本書からは資本逃避の全体像を把握することはできない。
とはいえ、富裕層の金融世界とは無縁な底辺の生活を送っている私にとっては、初めて知る内容も多く、興味深く読むことができた。
そのほか、資本逃避の具体的な手法も紹介されており、あの手この手で資産を海外に移そうとする資産家たちの姿には、驚かされるばかりだ。
資産逃避以上に危惧すべきこと
資産逃避に関する具体的な事例紹介はそれなりに興味深かったが、本書はドキュメンタリーでもルポルタージュでも社会調査でもなく、著者による評論の色合いが濃く、資本逃避をめぐる金融の実態については十分に描かれていない。また、著者の資本逃避に関する議論にも、疑問を感じる部分が多々あった。
著者は、日本の税制度が富裕層や大企業を優遇しないこと、そして嫉妬深い国民の意識がそれを阻害していることを問題視するばかりで、公平な税制の在り方についての議論はまったく見られない。この著者は、富裕層の減税措置をしなければ海外逃避が進むということだけを心配しているようだ。(そのくせ自分には愛国心があるということをことさら強調する。)
だが、たとえ資産逃避が加速しても、資産保有者が日本に居住している限り、その海外資産は最終的に日本に還流せざるを得ない。このような場合では、海外資産の保有は単なる節税(あるいは脱税)にすぎず、規制が強化されるのも当然だろう。
本当に問題なのは、海外に資産を移すだけでなく、その本人までが日本を離れ、海外へ移住してしまう場合である。人材の流出が始まったときこそ、この国にとっての本当の危機だろう。このような場合、資本は人とともに海外に移転し、日本に還流することはない。
日本に住んでいる限り、日本で消費活動をせざるを得ないのだから、海外資産は必ず国内へ還流する。そのような富裕層に対して、相応の課税を行うのは当然のことだ。課税されても日本で暮らすだけの価値があると国民が政府及びこの国を信頼していれば、人材までが海外逃避することは起こらない。
だが、著者の言うような、資産家や既得権益層を優遇し、一般国民の負担だけを増やすような増税路線は、この国への信頼そのものを失わせていく。国民がこの国への信頼を失ったときは、資産のあるなしに関わらず、人材は海外へと逃避する。
税制度というものは、国民全体が「公平だ」と感じられなければ、いずれ必ず破綻する。にもかかわらず、著者は「日本国民の嫉妬心が強く、富裕層への減税が進まない」といった一面的な見方に終始している。
本来であれば、税制度に対する公平感と信頼をいかにして築くか、という大局的な視点からの議論が求められるはずだ。だが、本書からはそのような観点はほとんど読み取れない。
愛国者を自認する人
本書は後半になると、英語教育や金融教育をもっと早期に導入すべきだといった、ありふれた教育論や、愛国心を持つことの重要性などに関する議論へと移行していく。
これは本書の主題とは、まったく関係のない内容。しかも極めて陳腐。役にも立たないし参考にもならない。穿った見方かもしれないが、富裕層や上流国民へ媚びた態度を誤魔化すために、ことさら「自分は愛国者である」と強調しているようにしか見えず、後付けの議論という印象を拭えない。(こうした“愛国”を声高に叫ぶ人物ほど、利己的で信用しがたいと感じるのは、自分だけ?)
本気でcapital flightを考えている富裕層にとっては、参考になる情報はほとんどないだろう。だが、私のような底辺生活を送っている人間には、別世界の話しを聞いているようでそれなりに読んで面白かった部分もある。むしろ、貧乏人が読んで面白い本かもしれない。本書の後半は無視して、前半だけなら、読んでみるのもアリかな。
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