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外国人労働者をほんとうに差別しているのは誰か──実習生という虚構

労働・就職
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外国人労働者の受け入れをめぐって──
 外国人労働者をほんとうに差別しているのは誰か?(全4回)第3回

 第1回 第2回 第4回

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偽りの建前

日本では長いあいだ、外国人労働者の受け入れは「例外」として扱われてきた。
政府は一貫して「移民政策はとらない」と繰り返しながら、現実には人手不足の現場に外国人を送り込んできた。その象徴が、いわゆる技能実習制度である。

この制度は表向きには、途上国への技術移転を目的とした「国際協力」とされている。しかし現場で起きていたことは、多くの場合それとは違っていた。
実習生の賃金は日本人労働者より大幅に低く、平均賃金は一般労働者の半分程度とされることもある。
さらに、長時間労働や賃金未払い、さらには、パスポートの取り上げといった違法行為が問題となり、受け入れ企業の行政処分も相次いできた。

こうした問題を単なる「制度の欠陥」と見ることもできる。
しかし、もう一歩踏み込んで考えるなら、そこには日本社会のある前提が透けて見える。

それは、外国人労働者を「対等な労働者」として受け入れていないという前提である。

「労働者ではない」という虚構

技能実習制度の最大の特徴は、外国人を「労働者」としてではなく「実習生」として扱う点にある。

もし彼らを普通の労働者として受け入れるなら、話は単純だ。
最低賃金、転職の自由、労働組合、労働法の完全な適用──つまり日本人と同じ権利を認めればよい。

しかし日本はそれを避けた。

代わりに作られたのが「実習」という虚構(フィクション)だった。
名目は研修だが、実際には農業、建設、縫製、食品加工などの現場で一般の労働力として働く。
それでも制度上は「実習」なので、転職は原則できず、企業への依存度は極めて高い。

この構造は偶然ではない。
むしろ、日本社会が無意識に抱えてきたある感覚の産物だったのではないか。

外国人は一時的な労働力であり、社会の構成員ではない。

この感覚である。

企業にとって都合の良い労働者

日本の多くの産業──農業、建設、縫製、介護など──は慢性的な人手不足に悩んできた。
しかし同時に、これらの仕事は賃金や労働条件の改善が十分に進んでこなかった。

本来なら、人手不足は賃金上昇や労働環境改善を通じて解決されるはずだ。
ところが現実には、そこへ外国人労働者が流れ込む。

しかも、制度的に「転職できない労働者」である。

こうして、賃金を上げなくても人手を確保できる構造が生まれる。
低賃金と長時間労働は、修正されるべき制度の欠陥ではなく、むしろ企業の収益を確保するための機能として働いてしまう。

そして、この構造が成立するためには一つの条件が必要になる。

彼らが「自分たちと同じ労働者ではない」とみなされていること。

もし日本人と完全に同じ権利を持つ労働者として認識されていれば、この制度は社会的に受け入れられなかっただろう。

国際社会からの批判を無視し続けた日本

日本人の多くはこうした差別意識を自覚していないかもしれない。しかし実際には、「外国人労働者の受け入れ」は、「見えにくい差別」を前提として進められてきた。そのことは、日本の外国人労働者制度、とりわけ技能実習制度に対して、国際機関から繰り返し批判が寄せられてきた事実にも表れている。

最も具体的な指摘を行っているのが国際労働機関(ILO)である。ILOは日本政府の制度見直しの議論に際し、特に次の点を問題視してきた。すなわち、実習生の転職(転籍)を原則として認めない制度、送り出し機関による高額な手数料の徴収、そして労働者が雇用主に強く依存せざるを得ない制度構造である。とりわけ、実習生が自由に職場を変えられない仕組みについては、「特定の雇い主への依存関係を助長し、移民労働者の権利行使を制限する」と指摘している。

また、国連の人権特別報告者(移民の権利担当など)も、日本の技能実習制度について、強制労働に近い状況を生みやすい構造を持つこと、人権侵害が発生するリスクが高いこと、そして制度の名目である「技能移転」と実態との間に大きな乖離があることを懸念として挙げている。

さらに、国際的な人権NGOや海外メディアからも批判が相次いできた。ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルといった団体は、日本の技能実習制度を「安価な労働力確保の仕組み」と位置づけ、場合によっては「現代の奴隷制度に近い」とまで表現する報告書を公表している。

こうした国際的な批判が繰り返されてきたにもかかわらず、日本社会は長い間、この問題を正面から議論してこなかった。自民党や経済界が主導する政策に対して、大手メディアも十分に問題提起を行ってきたとは言い難い。技能実習制度をめぐる議論は、日本のメディアがジャーナリズムとして十分に機能してきたのかを問い直す一つの事例でもあるだろう。

排除ではなく受け入れるという差別

外国人労働者の受け入れが進み、労働市場への影響が問題視されるようになってから、ようやく政府は制度の廃止や新制度への移行を検討している。

しかし、制度だけを変えても問題が解決するとは限らない。

もし外国人労働者を
「安い労働力」
「一時的な労働者」
「社会の外部の人間」
として扱う感覚が残り続けるなら、同じ構造は形を変えて繰り返される。

制度の問題の背後には、社会の認識の問題がある。
結局のところ、日本がこれまで行ってきたのは、多様性を拒むあからさまな排除ではない。むしろ「受け入れている」という名のもとで行われてきた差別だったのだ。

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