AIによって職が奪われる——
そうした声がよく聞かれるようになった。
だが、現在、日本では多くの産業で人手不足を経験している。実際、AI導入は、日本の雇用にどのような影響を与えているのだろうか。
1980年代以降、日本経済はデジタル化、ICT化、DX、そして近年のAI導入へと、段階的な技術革新を経験してきた。これらの技術は本来、労働生産性の向上や産業構造の高度化を通じて経済成長を支える役割を期待されてきたが、日本では必ずしもその効果が統計上明確に表れてきたとは言い難い。一方で、同時期に大規模な失業が発生しなかった点も、日本経済の特徴として指摘されている。
こうした状況の背景には、日本特有の長期雇用慣行や企業内での人材配置の仕組み、非正規雇用の拡大、そして人口動態の変化が複雑に影響している。現在、AI技術の本格的な普及を前に、日本では過去30年にわたるIT投資の蓄積不足や人材育成の遅れが改めて問題視される一方、AI導入が雇用や生産性に与える影響は、他国とは異なる形で現れている。本稿では、日本におけるデジタル化と雇用、生産性の関係を振り返りつつ、AI時代における構造的課題を整理する。
日本企業におけるデジタル化と労働の40年 ——PC導入からAI時代へ、現場はどう変わったのか
日本企業のデジタル化は、単なる技術導入の歴史ではない。それは常に、現場の仕事のやり方、雇用構造、そして「人の役割」を静かに、しかし確実に書き換えてきた過程でもあった。
1980年代のPC導入期から、現在のAI導入期までを4つの段階に分け、日本企業の労働現場で実際に何が起きたのかを整理する。
① 1980年代:PC導入期
——「紙と人手の代替」が始まった
1980年代、日本企業に導入されたのは、PC-98に代表されるスタンドアロン型のパソコンだった。ネットワーク接続は前提ではなく、表計算やワープロといった「個人の作業効率を上げる道具」として使われた。
この時期、現場で最も大きく変わったのは事務作業の性質である。手書き帳票はワープロ文書に置き換わり、電卓による計算は表計算ソフトに移行した。転記や清書に費やされていた時間は大幅に短縮され、事務処理のスピードは飛躍的に向上した。
一方で、雇用への影響は限定的だった。清書係や計算係といった役割は縮小したものの、即座に人員削減が進んだわけではない。終身雇用を前提とした日本企業では、余剰となった人材は他業務に吸収され、配置転換されることが多かった。
仕事は確かに「速く」なったが、仕事の中身そのものは変わっていない。生産性向上と人員削減は、この段階ではまだ結びついていなかった。「省力化」「合理化」「OA化」といった言葉が飛び交っていた時代だった。
② 1990年代:ICT化
——「情報の共有」が組織を揺るがす
1990年代に入ると、LANや社内ネットワークが整備され、メールやデータベースが普及する。情報は個人のPCに閉じたものではなくなり、組織内で共有・伝達されるようになった。
この変化は、組織構造に直接的な影響を与えた。情報が階層を飛び越えて共有されることで、中間管理職が担ってきた「情報集約・伝達」という役割は相対的に弱体化した。また、経理・人事・総務といった間接部門では、業務の集中化(シェアードサービス化)が進み、支店や工場ごとに配置されていた事務要員が削減された。
バブル崩壊と時期が重なったこともあり、この段階で初めて「間接部門の人員削減」が顕在化する。非正規雇用が拡大する一方で、IT部門やシステムエンジニアの需要は急増した。
現場では、「技術を使えば人を減らせる」という実感が初めて広がった時代でもある。技術導入と経営合理化が明確に結びつき、「情報化」「集中化」「リストラ」が並行して進んだ。
③ 2000年代以降:DX(デジタルトランスフォーメーション)
——「業務プロセスそのもの」を作り替える
2000年代以降、ERPやSaaS、クラウドといった仕組みが普及し、デジタル化は個別業務の効率化から「業務プロセス全体の再設計」へと進化した。2010年代後半にはRPAも加わり、人が回していた工程がシステムに内包されていく。
この段階で決定的に変わったのは、仕事の単位である。部署単位で管理されていた業務は、プロセス単位で最適化され、人が介在する余地は急速に減った。その結果、経理・総務・営業事務といった職種では、恒常的な人員削減が進み、「人が余る」状態が構造化した。
同時に、労働の二極化が鮮明になる。定型処理やルールベースの仕事は削減される一方で、業務設計、IT統合、顧客対応、意思決定といった領域の価値は高まった。DX投資は明確に「人員削減を前提」とするものとなり、「できる人が残り、できない人が外れる」という選別が進んだ。
④ 2020年代:AI導入期(現在)
——「知的労働」が直接置き換わる
現在進行しているAI導入期の特徴は、代替の対象が事務作業にとどまらない点にある。生成AIや自然言語処理の進化により、翻訳、記事作成、問い合わせ対応、分析・レポート作成といった、ホワイトカラーの中核業務にまで自動化が及び始めた。
これにより、人員削減の「質」が変わっている。これまでは補助的な仕事が減る形だったが、今後は「担当者そのものが不要」になるケースが増える。特に、AIを前提とした業務設計の中で、若手・中堅社員が担ってきた仕事が消失するリスクは大きい。
現場では、人の役割そのものが再定義されつつある。作業者ではなく、AIへの指示、結果の評価、例外対応、そして最終的な責任の所在を担う存在へと移行している。しかし、削減のスピードは速く、スキル再習得は追いつきにくい。終身雇用や年功制との摩擦も顕在化している。
日本の労働生産性が長期停滞した背景
日本では、2020年頃まで労働生産性が長期にわたり横ばいで推移してきた。経済成長率が一定程度確保されていた時期においても、生産性の大幅な改善には至らなかった。その背景として、日本特有の雇用構造とIT投資のあり方が影響したとの指摘がある。
非正規雇用の拡大によるIT投資の代替
1990年代以降、PCや業務ソフトウェアの普及により、従来は正社員が担っていた業務の一部が標準化・ルーチン化された。本来であれば、こうした標準化はITによる自動化を進め、生産性向上につながると考えられる。
しかし、日本企業の多くは、追加的なIT投資を進めて人員削減を行うよりも、標準化された業務を賃金水準や雇用調整コストが比較的低い非正規雇用者に担わせる選択を行ってきた。その結果、非正規雇用者比率は2000年の24.2%から2024年には34.8%へと上昇した。
この雇用対応は、短期的には業務遂行を可能にした一方、IT投資による生産性の押し上げ効果を弱める方向に作用したとされている。
IT資本投資の限定性と人材蓄積の遅れ
IT投資を抑制してきた経験は、企業内部におけるIT人材の不足をもたらした。多くの企業でIT導入は、人件費削減を主目的とした「コスト削減手段」として位置づけられ、技術を活用して新たな付加価値を生み出すためのスキルやノウハウの蓄積は進みにくかった。
この人的資本の不足は、近年のAI導入局面においても制約要因となっており、スキルを持つ人材の不足が生産性向上のペースを抑える要因の一つとされている。
就業者数増加による統計的な押し下げ要因
労働生産性は、付加価値額(GDP)を労働投入量(就業者数や労働時間)で割って算出される。日本生産性本部のデータによれば、近年の日本経済は一定の成長を示していたものの、就業者数の増加が生産性上昇率を押し下げる方向に働いてきた。
特に2010年代には雇用者数が大きく増加したが、付加価値の伸びがそれに見合う水準に達しなかったため、一人当たり、あるいは時間当たりの生産性は横ばい圏にとどまった。
労働不足と産業構造の影響
2020年頃までの日本では、人手不足を背景に、生産性水準が相対的に低いとされる対人サービス業などでも雇用が維持・拡大された。小売業では、雇用者数や労働時間の増加が続いた結果、労働生産性は低下傾向を示した。
製造業においても、一部の電子部品分野を除き、多くの業種で生産活動の停滞がそのまま生産性の低下に結びつく構造が続いていた。
まとめ ― 雇用構造とIT投資の関係
これらの要因を総合すると、日本では「ITによる業務効率化」を進めるよりも、「非正規雇用を活用して既存業務を維持する」対応が優先されてきた結果、2020年頃まで労働生産性が大きく伸びなかったと整理されている。
雇用構造、IT投資、人材育成の相互関係が、日本の生産性動向に長期的な影響を与えてきたことが、各種データから確認できる。
日本の労働生産性上昇とインフレの影響
2020年頃から、日本の労働生産性は上昇傾向を示し、名目ベースでは過去最高水準に達している。この動きには、インフレ(物価上昇)の影響が大きく関与しており、特に名目指標においてその寄与が明確に表れている。
名目労働生産性と物価上昇
2024年度の日本の就業者一人当たり名目労働生産性は907万円となり、比較可能な1994年度以降で最も高い水準を記録した。時間当たりの名目労働生産性も5,543円と、同様に過去最高となっている。
これらの名目ベースの上昇について、統計資料では「物価上昇の影響もあり」、過去最高水準に達したことが明記されている。すなわち、付加価値額が名目上拡大したことが、名目労働生産性を押し上げた要因の一つとなっている。
実質労働生産性の動向
物価上昇の影響を除いた実質ベースで見ると、労働生産性は上昇しているものの、その伸びは限定的である。2024年度の時間当たり実質労働生産性上昇率は前年度比0.2%にとどまった。
実質ベースでの上昇要因としては、経済成長の寄与が0.7%と大きい。一方で、就業者数の増加(0.5%)が労働投入量を押し上げ、生産性上昇率を下押しする方向に働いた。この結果、実質的な生産性の伸びは0%近傍にとどまっている。
インフレ下での産業別動向
インフレと人手不足が同時に進行する中で、産業別には生産性と賃金の動きに差異が見られる。
小売業では、雇用や労働時間の増加を背景に労働生産性が低下傾向にある一方、深刻な人手不足を受けて現金給与総額は上昇を続けている。
製造業では、電子部品・デバイスなど一部の業種を除き、生産活動の落ち込みが生産性の低下に直結しており、実質労働生産性上昇率は3年連続でマイナスとなっている。
まとめ ― 名目指標と実質指標の乖離
近年、日本の労働生産性が名目ベースで過去最高水準を更新している背景には、インフレによる物価上昇の影響が大きく作用している。一方で、物価要因を除いた実質ベースの生産性は、経済成長による押し上げがあるものの、就業者数の増加などの影響により、横ばいに近い微増にとどまっている。
名目指標と実質指標の動きには、引き続き注意が必要な状況にある。
統計調査に見るAI導入と雇用への影響
AI技術の導入が進む中で、雇用への影響が注目されている。複数の統計調査を総合すると、現時点において日本でAIによる大規模な人員削減や失業が広範に発生しているとする明確な証拠は確認されていない。長期雇用慣行や深刻な労働不足が、雇用への影響を緩和している可能性が示されている。
人員削減の現状
AIによる雇用への影響について、「自社または同業他社でAIによって職を失った人を知っている」と回答した労働者は、全産業で4.3%にとどまっている。
AI導入企業に限定すると、金融・保険業では12.9%、製造業では15.0%が「社内でAIにより職を失った人がいる」と回答しており、業種によって差が見られる。
また、2025年12月に実施された企業の採用担当者調査では、「AIの影響で既に人員削減への影響が出ている」との回答は全体の12.3%であった。
企業規模別の違い
人員削減の影響は、企業規模によって異なる傾向が確認されている。
従業員1,000人以上の企業では、「既に影響が出ている」との回答が16.2%に達している。一方、従業員300人未満の企業では、「影響はないだろう」とする回答が多く、小規模企業ではAI導入が直ちに人員削減につながっていない状況が示されている。
将来に対する不安と見通し
実際の人員削減が限定的である一方、将来への不安は高い水準にある。
今後10年間について、金融・保険業では73.8%、製造業では71.3%のAI利用者が、AIによって職を失う可能性を不安に感じていると回答している。
また、現時点では影響が出ていないものの、「今後は影響が出そう」と考えている回答者は22.9%に上っている。
雇用創出に関する調査結果
AIは人員削減だけでなく、新たな雇用機会を生む可能性も指摘されている。
日本のAI利用者の間では、今後10年間について、職を失う不安よりも新たな雇用機会が増えるとの期待が上回っている。
中小企業(SME)に関する調査では、83%が生成AI導入後も「必要なスタッフの総数に変化はない」と回答しており、AI導入が直ちに雇用削減につながっていないことが示されている。
まとめ ― 現時点で人員削減は限定的
統計調査からは、日本におけるAI導入による人員削減は、大企業の一部で限定的に確認されるものの、マクロレベルでは深刻な雇用減少には至っていない状況が読み取れる。
現時点では、AI導入の進展に対して、実際の雇用への影響よりも将来不安が先行している構図が示されている。
日本の長期雇用慣行とAI導入が雇用に与える影響
日本では、長期雇用慣行がAI導入による雇用への影響を他国とは異なる形で緩和している。統計調査や企業行動を見ると、AI導入は進んでいるものの、雇用調整の現れ方には日本特有の特徴が確認されている。
失業抑制と内部配置転換
日本の雇用慣行では、特定の職務ではなく「会社」への採用が一般的であり、AIによって一部業務が自動化されても、従業員は人事主導の内部異動や職務変更によって再配置されることが多い。
このため、企業は人員削減を行う代わりに、社内での役割転換や定年退職による自然減(欠員不補充)によって調整を行う傾向がある。
こうした仕組みにより、AI導入企業において「周囲でAIによって職を失った人がいる」と認識している労働者の割合は、日本では約13~15%とされ、他国の約20%と比べて低い水準にとどまっている。
労働不足への対応としてのAI活用
少子高齢化に伴う労働力人口の減少は、日本企業のAI導入を後押しする要因となっている。多くの企業では、AI導入の主な目的は人員削減ではなく、人手不足の補完や業務の省力化、標準化に置かれている。
AIがルーチン作業を代替することで、長期雇用されている正社員が、より複雑で付加価値の高い業務に時間を振り向ける形で、仕事の再編成が進められている事例が確認されている。
非正規雇用とAI導入の関係
一方で、日本の雇用構造がAI導入を遅らせてきた可能性も指摘されている。
日本企業は、業務の自動化に向けたITやAI投資を行う代わりに、賃金水準の低い非正規雇用を活用してルーチン業務に対応してきた側面がある。この対応が、他国と比べて日本におけるAI活用率が低い一因になっているとする見方がある。
労働者の将来不安
現時点では、配置転換などによって雇用が維持されているものの、労働者の将来不安は高い水準にある。
調査では、今後10年間でAIの利用が大きく拡大すると見込まれる中、日本の労働者は、将来的に職を失う可能性について、他国の労働者よりも高い不安を感じている傾向が示されている。
まとめ ― 失業抑制の構造的特徴
日本の長期雇用慣行は、AI導入による短期的な失業を抑制する仕組みとして機能している。一方で、雇用維持が前提となる中で、業務内容の変化や人材の再配置が進み、AI導入の進展と雇用構造の関係は、引き続き注視される状況にある。
総括 ― 日本のデジタル化と雇用・労働生産性の課題
日本におけるデジタル化は、1980年代のPC導入期に始まり、1990年代のICT化、2000年代以降のDX(デジタルトランスフォーメーション)へと段階的に進展してきた。しかし、これらの技術導入は、マクロ統計で見た労働生産性の持続的な上昇には結びつかなかった。
PCやICTは業務の効率化や標準化をもたらしたものの、多くの企業ではIT投資を通じた自動化よりも、非正規雇用の活用によって業務を維持・拡大する対応が選択されてきた。この結果、生産性向上は限定的にとどまった。しかし、その結果として、同時に、雇用調整が人員削減として顕在化する場面も少なかった。皮肉なことに、労働生産性が上昇しなかったからこそ、大規模な雇用削減も生じなかったといえる。
一方で、雇用の量が維持される過程で、非正規雇用の比率は上昇し、賃金水準や雇用の安定性を巡る格差は拡大した。生産性の停滞と引き換えに、雇用調整は雇用形態の多様化という形で進んだ。
こうした過去30年にわたるIT分野への投資の抑制は、現在の課題にもつながっている。ITやデジタル技術を活用して付加価値を生み出す経験や人材の蓄積が進まず、その結果として、日本ではAI技術の導入や活用において、国際的に見た立ち遅れや人材不足が指摘されている。
現在進行中のAI導入についても、これまでのデジタル化と同様の傾向が確認されている。AIは業務の一部を代替しているものの、マクロレベルでの労働生産性を大きく押し上げるには至っておらず、雇用削減も限定的にとどまっている。現時点では、AI導入による影響は、生産性の飛躍的な向上や大規模な失業としてではなく、既存の雇用構造や働き方の延長線上に現れている。
総じて、日本のデジタル化は、労働生産性の停滞と雇用維持が同時に進むという特徴的な経路をたどってきた。その結果として生じた格差の拡大や人材不足は、現在のAI導入局面における重要な課題となっている。
参考
OECD調査
・Artificial Intelligence and the Labour Market in Japan 2025/11/28
マイナビキャリアサーチLab
・企業人材ニーズ調査2025年版 2026/01/19
公益財団法人日本生産性本部
・日本の労働生産性の動向2025

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