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ただやってます、で終わる仕事 —— 風邪薬購入手続きの変遷から考える

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街中に溢れるブルシット・ジョブ

 ブルシット・ジョブという言葉をご存知だろうか?

 この言葉は、「社会的に意味があるとは思えない仕事」を指す言葉であり、日常の働き方の中に多く存在すると言われている。ただ、それは労働者に限った話ではない。実は、私たち消費者もその仕組みに関わっている。

 日本の身の回りを見渡してみると、そうした“意味の感じられない作業”が至る所に存在しているのがわかる———

薬局での話

2年前、とある薬局にて

 「昨日から喉が痛い。これは風邪っぽいな……たぶん熱が出る前兆だ…。とりあえず、パブ○ン買っておこう」

 レジに並び、薬を手にすると———

店員さん:こちら、確認が必要なお薬になりますので、少々お待ちください。
自分:え?あ、はい……
薬剤師:こちらのお薬、ご利用の目的は何になりますか?
自分:え、目的?風邪っぽいので……
薬剤師:ご自身でご利用ですか?
自分:あ、はい。
薬剤師:現在、他に服用中のお薬はありますか?

***

 このあとも数問やり取りがあり、最後に署名まで求められた。

 「いつからこんなに厳しくなったんだ……?」

 少し調べてみると、2023年4月から風邪薬の販売に関する規制が強化されたとのこと。若年層を中心とした市販薬の乱用が社会問題化したことを受けて、厚生労働省が以下の成分を含む薬に対して確認義務を設けたのだという。

1. エフェドリン
2. コデイン
3. ジヒドロコデイン
4. ブロモバレリル尿素
5. プソイドエフェドリン
6. メチルエフェドリン
これらが含まれる薬を販売する際には、薬剤師などが使用目的、他の薬の利用状況、購入状況等の確認が義務付けられた。未成年と思われる場合はさらに身分証の提示・記録も必要となった。

そして、昨年。同じ薬局にて

 また、風邪引いたかな…とりあえず、また○ブロン買っておくか…
 あ、もしかして身分証が必要かな…?まぁ、それは顔パスで大丈夫か…(泣)
 でも、また、いろいろ聞かれるのかな。メンドウだな…

自分:この薬、お願いします(空箱を渡す)
店員さん:はい、こちらご確認ください(注意事項の書かれたシートを渡される)
自分:え?あ、……はい。
店員さん:では、○○○円です!
自分:え?あ。どうも。。。

 えっ、もう終わり?
 以前のような質問や署名は一切なし。

 気づけば、確認手順は大幅に簡略化されていた。

 レジでの負担を軽減するためなのか、「注意事項の紙を渡すだけ」で一連の手続きが完了する形に。まるで、お酒を買う際の「年齢確認ボタン」と似たようなものだ。ただ形式を整えているだけで、実質的な確認としては形骸化してしまっているように見える。

ルールの形骸化とその影響

 こうなると、そもそもの制度設計に問題があったのではないかと感じてしまう。

 現場に負担をかけてまで新しい規制を導入したのであれば、それがきちんと意味を持ち、実効性のあるものであるべきだ。

 たとえば、アメリカではアルコールの販売規制が非常に厳しく、リカーショップでIDを提示しなければ基本的に購入できない。このように、厳密な運用を前提にした制度設計もある。

 形だけの運用では、目的が果たされないばかりか、かえって現場の負担や混乱を招くだけで終わってしまう。

なぜ、こうした「形だけ」の仕事が生まれるのか

 本来の目的を果たさないまま、「やっている感」だけが残る仕事。それは、制度を作る側・運用する側・受け取る側が、いわば“共犯関係”の中で成り立ってしまっているからかもしれない。

  • 厚生労働省: 「批判を受けないよう、ひとまず規制は作った。あとは現場で何とかしてくれればいい」
  • 薬局: 「決まりに従って形式だけ整えておけば、とりあえずOK」
  • 消費者: 「面倒だから適当に答えて済ませよう」
  • 未成年者: 「(スキを突いて手に入れられるかも……)」

 もちろん、こうした構造はこの一件だけに限った話ではない。同じような「形だけの確認」「意味のない作業」は、さまざまな現場で日常的に見られる。労働者としても、消費者としても、そうした“空回りの仕組み”に巻き込まれているのが現実だ。

デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(2020)

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