出版文化を守るはずが…? 再販制度がもたらす“歪み”
日本の出版業界には、「再版制度(再販制度)」という特有の仕組みがあります。これは、書籍や雑誌の価格を出版社が決め、その価格を全国一律で販売できる制度です。つまり、書店が勝手に値引きして売ることができないようにしているのです。
この制度には「文化の多様性を守る」「本の流通を安定させる」といった目的がありますが、現在ではさまざまな問題も指摘されています。
再販制度の歪み
まずは、消費者目線で再販制度を考えてみましょう。
ちょっと自分の身近な本屋を想像してみてください。
本屋へ行く。
どこにでもある駅前のこじんまりとした本屋———
店に入ると、入口近くの棚には新刊がずらりと並びます。雑誌と新刊書籍が売り場の大部分を占め、既刊本の取り扱いはごくわずかです。あっても2〜3年前のものまで。それより前に出版された本は、都心の大型書店に行かないと手に入りません。
このような小規模書店では、新刊や雑誌、準新刊、いわゆる「売れ筋商品」ばかりが中心的に仕入れられています。そのため、どこの書店へ行っても品揃えが似通っていて、代わり映えがしません。そして、どの本もすべて定価。これもまた、全国どこの書店でも変わりません。
つまり、書店に足を運んで「面白い本との出会い」を期待しても、そこにあるのは新刊本中心の限られた選択肢だけ。しかも、新刊の入れ替わりは非常に速く、少し迷っているうちに、気になっていた本があっという間に棚から消えてしまいます。代わりに、また次の新刊が陳列される。その結果、一度棚から消えた本は、よほどの売れ筋でない限り、二度と書店で見かけることがなくなってしまうのです。
全国どこへ行っても同じような品揃え。どこでも同じ価格。「新刊至上主義」とでも言うべき状況で、毎月大量に出版され、1年も経たずに消えていく本ばかり——
街の書店には全く魅力がなくなっています。
本屋へ行って本を探す楽しさが全くない。なんで、こーなった??
本屋に行っても、探す楽しさや偶然の出会いがない。まるで出版社が売り出したい本を並べる「見せ棚」のようになっていて、本そのものの魅力はどんどん薄れているように感じられます。
そして、次々と登場する新刊の中身も、どこかで見たような内容ばかり。焼き直し、類似企画、簡略化。まるでテンプレートのように同じ構成、同じ雰囲気の本が氾濫しているようです。
こうした現象——書店の品揃えの画一化、書籍内容の均質化、大量生産・短命消費の循環——を生み出している大きな要因の一つが、再販制度だと言われています。
現在の再販制度は、出版業界にとって、出版文化を保護するものではなくなっています。制度が奇妙な形に歪み、代わりに、大量の書籍を粗製乱造する方へと誘因が働くようになっています。
これは「出版点数主義」として知られている問題です。
再販制度は本来の趣旨から遠く離れて、出版点数主義に陥っています。「質の高い本を大切に売る」方向ではなく、「大量に出版して、短期で回収する」方向へと業界を誘導する仕組みとなってしまっているのです。
日々大量に出版されては消えていく書籍。質と内容は限りなく薄くなっていく。再販制度は今やその原因です。出版業界においても再販制度は時間とともにその歪みを増しています。
では、この出版点数主義とは何でしょうか?
出版点数主義とは?
「出版点数主義」とは、簡単に言えば「とにかく新刊を多く出せば出すほど、売上が立つ」という業界の構造を指す言葉です。
通常、出版物は書店に並ぶ前に「取次」と呼ばれる卸売業者にいったん納品されます。この時点で出版社には一部の代金が支払われます。つまり、本が最終的に読者の手に渡る前に、出版社側に“資金”が入るという仕組みになっているのです。
資金繰りの手段としての新刊刊行
出版社が取次に本を出荷すると、その分の代金が一度出版社に支払われます。これを「委託販売」といい、本が売れ残った場合は返品されて、その分はあとから調整される仕組みです。
この仕組みの中で、出版社は「まず新刊を大量に出すことで、短期的にキャッシュフローを確保する」という動きになりがちです。どれだけ売れるかよりも、「出せばお金が入る」という意識が先行し、結果として中身よりも冊数が重視されるようになります。
つまり、出版社にとっては「とりあえず新刊を出して出荷すれば、短期的には資金が入る」わけです。このため、実際にはあまり売れそうにない本でも、資金繰りのために刊行するというケースが少なくありません。
このような仕組みは、出版社の経営を短期的には支えるかもしれませんが、長期的には「粗製濫造」や「出版物の質の低下」を招き、読者の信頼を失う原因にもなっています。
取次との関係性
この出版点数主義を支えているもう一つの存在が、「取次」と呼ばれる流通業者です。日本の出版流通は長らく、日販(日本出版販売)やトーハンといった大手取次が中心となって構築されてきました。
取次は全国の書店に本を供給する役割を果たしていますが、ここでも「点数重視」の姿勢が色濃く反映されています。取次は、多くの出版社から多数の新刊を集め、全国の書店へ一括して配送します。そのため、取次にとっても「新刊の点数が多いほどビジネスになる」構造があるのです。
また、取次は、どの本をどの書店にどれだけ配本するかを決定する強い裁量権を持っています。これにより、出版社は取次に“気に入られる”よう、売れそうな新刊、あるいは見栄えのするタイトルを優先して企画する傾向が強くなります。
このようにして、出版業界は「出版社・取次・書店」が三位一体となって、出版点数主義のサイクルを回し続けているのです。
制度改革の可能性とこれから
再販制度は、「文化の保護」や「多様な出版物の安定供給」を目的として制度化されました。しかし、現在では、それがむしろ質の低下や市場の画一化を招いているとの批判もあります。
では、制度をどのように見直していけばよいのでしょうか。
一つの方向性として考えられているのが、「再販制度の部分的撤廃」や「価格自由化の導入」です。たとえば、新刊書籍については一定期間のみ再販対象とし、それ以降は書店が自由に価格を設定できるようにする、といったアイデアがあります。これにより、既刊本の値下げ販売やバーゲンセールが可能となり、読者にとっても選択肢が広がると期待されています。
また、出版社が本当に質の高い書籍を作り、それを適切な価格で持続的に販売できる仕組みを支援する制度――たとえば、「文化支援基金」や「書店支援補助金」なども並行して検討されるべきでしょう。価格維持だけに頼らない出版文化の支援のあり方が求められています。
おわりに:本を守るとはどういうことか?
再販制度は、本来「文化を守るため」の制度だったはずです。しかし、その制度が今では、逆に本の多様性を損ない、読者の選択肢を狭めているとしたら——私たちはこの制度の意味と目的を、もう一度問い直さなければなりません。
本の価格が変わらないという「当たり前」に疑問を持つこと。書店で見かける本のラインナップがなぜああも画一的なのかを考えること。そうした小さな気づきから、出版業界の構造的な問題や、再販制度のあり方に目を向けることができるのではないでしょうか。
本を愛するすべての人にとって、「出版文化を守る」とは何を意味するのか。それを考える時期に来ているのかもしれません。
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