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年功序列という日本を蝕む制度 – 産業停滞と格差を生む要因

企業の闇 労働・就職
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年功序列の背景とその構造的課題

 日本企業の人事考課は、長らく職能給に基づく年功序列制度を特徴としてきた。では、なぜ日本ではこのような制度が一般化し、根付いたのか。

 背景には、日本の高度経済成長期における製造業の主導的役割がある。この時代、製造業は日本経済を牽引し、多くの世界的企業を輩出した。これは日本にとって誇るべき歴史である一方、現在の雇用慣行に影響を与える「負の遺産」にもなっている。というのも、製造業を中心とした大企業の雇用モデルが、他業種にも広く模範とされ、日本型雇用システムの基盤を形作っていったからである。

 当時の製造業は、大量生産・大量消費を前提とした産業構造のもと、市場が安定していた。そのため、新規事業の探索よりも、既存業務の効率化と標準化が重視された。既存の事業をマニュアル化してより合理化し、それにより早く順応できる人材を投入する方が、経営規模の拡大には効率的であった。このような環境で、即戦力よりも、社内で育成可能な忠実な労働力が求められようになる。加えて、企業間の技術開発競争が激しかったため、技術流出を防ぐ観点からも、長期雇用が前提の人材確保が合理的だった。

 このような状況下、職能給制度と年功序列は、人材育成において一定の合理性を持って機能していた。企業は、平均的で均質な人材を大量に一括採用し、社内で時間をかけて育てることで、生産性の維持と技術継承を実現した。専門的な技術、技能は、企業内研修とOJT(On the Job Training)によって社内で徐々に身に付けていけばよいという考え方が圧倒的な主流だった。職能給制度は、業務内容にかかわらず柔軟な人事異動を可能にし、年功序列は長期的な人材定着と企業への帰属意識の醸成に寄与した。

 しかし、この制度には大きな副作用もあった。労働市場において、人材の流動性を著しく低める結果となったのである。企業が人材を育成する以上、その投資回収のために、人材の流動性を抑制せざるを得ない。つまり、育てた人材は他社に奪われないよう、囲い込む必要が生じたのである。そこで企業は、若年層には低賃金を課し、年齢とともに段階的に昇給させることで、将来の報酬によって人材を引き留める長期的報酬設計を構築した。これが、いわゆる年功序列の原型である。

 そして、この年功的昇給を前提とする賃金制度が浸透する中で、「年功序列は永続する」という前提が固定化されていった。その結果、「終身雇用」という神話が生まれたのである。

 だが、この仕組みは、年齢に応じてすべての労働者に昇給を保証する以上、相応の職位と賃金を確保し続けなければならないという構造的な問題を抱える。
 これは、企業の経営規模を大きくし続けることで賄わなくてはならない。そして、80年代頃までは、多くの企業でそれが実際に可能だった。経済は拡大し続けるという神話が、Japan as No.1という言葉と共に本当に信じられていた時代だったのだ。

年功序列がもたらす労働問題と格差社会

 しかし、ひとたび経済成長が鈍化すれば、年功序列を基盤とした日本型雇用システムはたちまち行き詰まる。事実、1990年代以降、日本経済が長期不況に突入し、企業の経営規模拡大が困難になると、年功序列は制度としての限界を露呈し始めた。

 その最大の問題は、労働生産性と釣り合わない中高年層の高賃金である。年齢に応じて機械的に昇給する制度の下では、能力にかかわらず高額の給与を得る層が生まれ、企業の人件費負担は増大する。しかもこの構造が、若年層の賃金水準を抑える圧力として働き、世代間の不公平感を助長している。

 現在、こうした年功序列のもとで昇進した中高年世代は、実力や適性とは無関係に管理職に就いているケースが多い。彼らは、若い頃の低賃金を我慢し、ようやく高待遇を手にした世代である。そのため、自らの利益を守る立場から、年功序列制度の見直しや職務給への転換に強い抵抗感を示す。年功序列が制度として機能不全に陥っているにもかかわらず、これを温存しようとする動きが、改革の足かせとなっている。

 こうして企業が職能給から職務給への転換を避け続けた結果、とられた対策が外部委託の増加や非正規雇用の拡大である。これは、人件費という固定費を抑制するための苦肉の策だったが、その副作用として、正社員と非正規労働者の格差が急速に拡大することとなった。

 つまり、日本における格差問題の本質は、単なるデフレ経済や景気後退にあるのではない。年功序列という硬直した制度に対する改革の遅れ、そしてそれを正当化・維持しようとする企業の保守的な体質こそが、今日の労働問題と格差拡大の根本的な要因である。

年功序列下で時代に適応できない人材と企業の硬直化

 日本企業にとって、本質的な問題は賃金体系だけではない。より深刻なのは、年功序列によって企業内に生じている「人材の時代不適合」である。

 現代は、市場の変化が加速度的に進み、消費者のニーズも多様化している。もはや、かつてのような大量生産・大量消費を前提とした、規模の拡大を第一目標とするビジネスモデルでは国際競争に太刀打ちできない。必要なのは、変化への柔軟な対応と、新たな価値の創出である。

 しかし、日本企業の多くでは、年功序列の結果として、職業経験の幅が極端に狭い人材が管理職を占めている。彼らは一企業内での経験しか持たず、他業種や海外との接点も乏しいため、外部環境の変化への感度が低い。視野の狭さと変化への鈍感さは、組織全体のイノベーションを阻害する。加えて、過去の成功体験(そもそもそれが「成功」と呼べるものであったかも疑わしい)に固執し、新しい発想や挑戦を拒む傾向が強い。

 こうした状況は、日本の産業構造の硬直化を招いている。高度経済成長期に発展した旧来型産業が依然として居座り続けているのは、既得権益化した世代が改革に消極的であることに起因する。

 この点は、アメリカとの対比においてより明確になる。1980年代、製造業で日本に後れを取ったアメリカは、その反省をもとに産業構造の大胆な転換を推進。現在では、金融・IT分野を中心に再び世界経済をリードする立場にある。一方、日本の製造業は変化に適応できず、アメリカだけでなく中国や韓国の企業にすら追い抜かれる事態となっている。この差は、まさに構造改革を受け入れる柔軟性と、人的資源の活用の差である。

 年功序列は、単に労務管理の手法にとどまらず、社会の階層化と産業の停滞を生み出す制度的原因となっている。現在では、社会全体にとっても、企業にとっても、年功序列は数々の弊害をもたらしており、その限界はもはや明らかである。

 今、世界経済が大きく変動するなかで、日本がこの古い制度にしがみつき続けるならば、若者は不安定な雇用に喘ぎ、企業は産業変革に乗り遅れ、国全体が活力を失っていく未来が待っている。その兆候はすでに表れており、我々は今こそ、制度の本質を見直し、抜本的な改革に踏み出す必要があるのではないか。

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