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キヤノンと松下電器に見る違法労働の構図:偽装請負の実態と企業倫理の崩壊 – 朝日新聞特別報道チーム『偽装請負』

企業の闇 労働・就職
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朝日新聞特別報道チーム『偽装請負』(2007)

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企業の巧妙な脱法行為 ― 偽装請負の実態

 2007年刊行。
 本書は、朝日新聞が行った調査報道をもとに、企業による「偽装請負(委託)」の実態を明らかにしたルポルタージュ。

 日本では解雇要件が非常に厳しく、正社員の解雇や賃下げは実質的に不可能なため、雇用の調整弁として派遣が広く一般化してしまった。現在の派遣労働は、「専門技能の一時的な提供」というその本来の意義から逸脱した目的で行われていて、その運用自体に法制度上の問題がある。とはいえ、現行の法の枠内で形式上は合法とされている。

 一方、より深刻なのは、「偽装請負」や「偽装委託」と呼ばれる明確な違法行為である。これは、実態としては労働者派遣であるにもかかわらず、契約上は請負や業務委託(委任契約)として装うことで、労働者派遣法の適用を意図的に回避する行為を指す。

 このような偽装行為が行われると、労働者は本来派遣労働者として保障されるべき法的保護を受けられなくなる。さらに、労働者と使用者の関係が不明確になるため、労働基準法の適用も曖昧となり、過酷な労働条件が放置されやすくなる。

 この種の違法行為は、労働者からの告発がない限り発覚しづらく、行政による是正措置も遅れがちである。企業はこうした構造的な弱点を巧みに突き、労働者の立場の弱さを利用して、さまざまな脱法的手法を次々と編み出してきた。

 本書で報告されている事例は、そのような企業の悪質かつ巧妙な手口を浮き彫りにしており、日本の労働の深刻な現状を示している。

日本を代表する企業における偽装請負 ― キヤノンと松下電器の事例

 本書が取り上げるのは、キヤノンと松下電器という日本を代表する大企業における偽装請負の実態である。偽装請負は広く多くの企業で蔓延しているが、両社は規模の大きさと手法の悪質性から、調査対象として選ばれている。

キヤノンにおける偽装請負の構造

 キヤノンは、1985年のプラザ合意による円高の進行を機に、為替リスクへの対応として人件費の抑制を進めていった。1993年に御手洗冨士夫が副社長に就任すると、従来の直接雇用である期間工を減らし、偽装請負による労働者派遣へと大きく転換していく。

 御手洗は、終身雇用や家族的経営の重要性を公の場で繰り返し強調していたが、その主張は正社員に限定されたものであり、実際に工場で働く多くの労働者は、派遣元企業の所属とされ、雇用保護の枠外に置かれた。

 また、製造工程の合理化により延べ2万人規模の人員削減を行った際も、御手洗は「手伝いがいなくなっただけ」と発言し、自社の正社員雇用は維持されたとの認識を示した。これは、直接雇用でない労働者であったがゆえに、大規模な解雇が可能だったことを意味し、企業としての雇用責任を巧妙に回避している構図が見て取れる。

 さらに2006年、御手洗は経団連会長に就任し、政府の経済財政諮問会議の民間議員としても活動。ここで彼は、労働者派遣法の改正を訴え、偽装請負の合法化に近い主張を展開した。法を守る立場にある経営者が、法の趣旨を歪め、自らに都合よく変えようとする姿勢は、企業倫理として大きな問題を孕んでいる。

松下電器における悪質な脱法行為

 松下電器で発覚した偽装請負は、より一層悪質なものである。委託や請負は、本来、業務成果を受託する契約であり、請負先が労働者を直接指揮することは許されない。実態として指揮命令が行われていれば、それは労働者派遣に該当し、派遣契約または直接雇用に切り替える必要がある。

 2005年、大阪府門真市の「松下町」にある工場で、労働局から偽装請負の指摘を受け、行政指導が行われた。これを受けて一時的に請負を派遣に切り替えたが、当時の労働者派遣法では1年以上(現在は改悪されて3年以上)継続勤務する派遣労働者に対して、直接雇用への切り替え申し出義務があった。

 松下はこの規制を回避するために、派遣契約を1年後に請負へ戻すという形を採用。さらに、請負元企業に自社社員を出向させることで、事実上の指揮命令を可能にするという脱法的な仕組みを構築した。これらの手法を駆使しても、実態は単なる労働者の派遣に過ぎず、形式だけを取り繕ったものに過ぎない。

 加えて、兵庫県尼崎市の工場では、県の雇用補助金制度を不正に利用したとされる。正社員6名と派遣労働者約250名に対して約2億5千万円の補助金を受け取ったわずか4ヶ月後に、派遣労働者を請負へと切り替えている。この補助制度は本来、正規雇用の促進を目的としたものであり、このような対応は制度の趣旨を完全に無視する行為である。意図的で極めて悪質であり、詐欺的とすら言える。

 「経営の神様」と称される松下幸之助の理念を継ぐとされる企業がこのような実態であることは、極めて残念である。法の抜け道を作り出すことは、実際に法を犯すことより悪質である。なぜなら、一度発見された手法は、他の企業にも模倣されやすく、法制度の根幹そのものを揺るがしかねないからだ。松下の行為は、計画的かつ意図的な脱法行為であり、結果的に法令が守れなかったのとは違い、その悪質さは際立っている。

信頼を支える調査報道の意義

 本書のもとになった朝日新聞による取材は、調査報道として非常に高い評価に値する。大企業や経団連の影響が色濃い日本の報道環境の中で、企業の違法行為を正面から告発する報道は貴重であり、報道機関の本来的な役割を体現している。

 朝日新聞は、近年の捏造報道や偏向報道により信頼を失いつつあるが、このような地道で実証的な調査報道を継続することこそ、読者の信頼を取り戻す唯一の道である。今後も、企業の不正を見過ごすことなく、社会的責任を果たす報道姿勢を貫いてほしい。

朝日新聞特別報道チーム『偽装請負』(2007)

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