労働力希少化時代──
少子高齢化が進み、外国人労働者が増加する時代の労働のあり方を問う(全4回)第4回
人手不足は人口問題ではない──賃金と待遇が解く労働市場の構造不全
日本の労働市場は、構造的な逼迫状態にある──
こうした言説は、しばしば「少子高齢化による人手不足」という人口要因に帰せられる。しかし、統計データと具体的事例を丁寧に検証すると、問題の本質は「量(人口)」ではなく「質(待遇)」にあることが浮かび上がる。
少子高齢化がもたらす供給制約
まず前提として、日本の生産年齢人口は長期的に減少している。
総務省「労働力調査」によれば、生産年齢人口(15〜64歳)は1995年の約8,726万人をピークに減少局面へ入り、2025年には約7,353万人にまで縮小した。
この人口動態の変化は、労働供給曲線を左方にシフトさせる。実際、2025年の有効求人倍率は1倍を上回る水準で推移しており、求人が求職を恒常的に上回る「超過需要」状態が続いている。
また、東京商工リサーチの調査では、2023年以降「人手不足関連倒産」が増加傾向にある。特に建設業、物流、介護、宿泊・飲食サービス業など、労働集約的産業で顕著だ。
表面的に見れば、これは「人口減少=人手不足」という単純な構図に見える。
しかし、ここで重要なのは、すべての産業が同程度に人手不足に陥っているわけではないという点だ。
実際には、待遇や賃金の改善に成功した企業では、安定的に人材を確保できているケースも少なくない。
つまり、「人が来ない産業」なのではなく、「人が来る条件を整えられているかどうか」が分水嶺になっている。
従来の「ブルーカラー=低収益」という固定観念は、すでに崩れつつある。
適切な待遇設計と経営戦略を採れば、高収益モデルは十分に成立する。
そしてこの変化は、賃金統計の上昇傾向や、ホワイトカラーからの転職増加という実態データの双方から確認できる。
ブルーカラービリオネア現象が示すもの
近年、「ブルーカラービリオネア(Blue-Collar Billionaire)」という言葉が注目を集めている。
現在アメリカでは、建設業、配管、電気工事、溶接、物流、設備管理など、これまで「専門性は高いが収入は限定的」と見なされがちだった業種において、大きな変化が見られるようになっている。独立・企業化を通じて年収100万ドル(約1.6億円)を超える成功者が相次いで登場しているのだ。
これは一部の例外的成功談ではなく、構造的変化の兆候と捉えることができる。
日本でも同様の動きがある。高付加価値型の町工場や精密加工企業の経営者が、高収益モデルを確立し、安定した利益を上げている事例が増えている。
賃金データが示す構造変化
統計もこの傾向を裏付けている。
Bureau of Labor Statistics(米国労働統計局)のデータによれば、建設・設備管理系の技能職は過去4年間で平均10%前後の賃金上昇を記録している。これは同期間のホワイトカラー平均賃金上昇(約5〜6%)を大きく上回る伸びである。
日本でも同様の傾向が確認できる。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、2020年と2024年の所定内給与を比較した場合、
- 「タクシー運転者」:約40%増
- 「建設躯体工事従事者(とび職など)」:約18%増
- 全体平均(事務職含む):約7%増
と、技能系職種の伸びが顕著である。
参考
ブルーカラービリオネア現象 – STS Career
AIが変える階層 ブルーカラーに脚光 – 日経ビジネス
「稼げる仕事」の変化―二極化するブルーカラーの賃金上昇 – リクルートワークス研究所
問題は「産業」ではなく「分配構造」
これらのデータから読み取れるのは、ブルーカラー産業自体が本質的に低収益なのではない、という点である。
むしろ問題は、これまでの分配構造や待遇設計にあった可能性が高い。
人手不足が進行し、需給が逼迫するなかで、賃金が市場原理に沿って再評価されつつあると解釈できる。
求職動向はどう変化しているか
では、実際に求職者は増えているのか。
レバレジーズ株式会社の「ブルーカラー職への転職実態調査」によれば、現在ブルーカラー職に就いている人のうち、約25.6%が前職はホワイトカラーであった。
さらに、その転職者の中で年収が上昇したと回答した割合は高く、特に20~30代では約38%が「転職によって年収が上がった」としている。
これは単なる満足度調査ではない。
高賃金のブルーカラー職が、ホワイトカラーからの労働供給を引きつけている具体例と位置付けられる。
参考
ホワイトカラーからブルーカラー職への転職で約4人に1人が年収増加、AI台頭も背景か – レバレジーズ株式会社
経済学的にどう説明できるか
この現象は、労働経済学における「効率賃金仮説」と整合的である。
賃金水準を引き上げることで、
- 労働供給が増加する
- 労働者の質が向上する
- 定着率が改善する
- 生産性が高まる
といった効果が生じうる。
ブルーカラー分野で起きている変化は、「人が来ない産業」から「賃金次第で人が集まる産業」への転換過程と見ることもできる。
「人口減少=人手不足」という思考停止
確かに人口減少は構造制約である。
しかし、それを万能の説明変数とするのは、経済分析として不十分だ。
実際、ITエンジニアや外資系金融など、待遇が高い分野では人材が集まり、賃金も上昇している。
労働市場は完全に機能不全に陥っているわけではない。
問題は、
- 低付加価値モデルから脱却できない産業構造
- 価格転嫁が進まない取引慣行
- 人件費をコストとみなす経営思想
といった制度・慣行にある。
結論:人手不足は「構造改革のシグナル」
慢性的な労働市場の逼迫は、少子高齢化だけでは説明できない。
それは、待遇・賃金・生産性分配の問題が顕在化した結果である。
「ブルーカラービリオネア」という現象が示す通り、
現場産業が低収益なのではない。
収益が労働者へ十分還元されていない、あるいは価格転嫁が阻害されているのである。
労働市場は価格メカニズムを通じて調整される。
もし本当に人が必要なら、賃金を上げるしかない。
人口減少は不可逆的だが、待遇改善は政策と経営判断で変えられる。
人手不足は悲観すべき現象ではなく、賃金と生産性を再設計する契機なのである。

コメント