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中国反日教育の構造:習近平政権によるナショナリズムの再編 ― 制度から文化へ

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習近平政権下の反日教育とナショナリズムの再強化

 2012年、習近平が中国共産党総書記に就任し、翌2013年に国家主席に就任すると、中国の対外政策と国内統治の両面において強い指導体制が確立されていった。習政権は、胡錦濤時代の「集団指導体制」から脱却し、権力の一極集中と「中華民族の偉大な復興」というスローガンのもと、国家主導のナショナリズムを鮮明に打ち出した。

 このナショナリズムの高まりと連動する形で、反日教育も再び強化されていった。表向きには「愛国教育」の継続という形を取っているが、その内容には日本との歴史問題に焦点を当てた教材や記念行事が数多く含まれ、若年層への歴史認識の形成に強い政治的意図が介入するようになっていく。

 とりわけ2012年の尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる日中間の対立の激化を契機に、習政権は対日強硬路線を強めた。中国国内では、官製の反日デモや、日本製品の不買運動、戦争記念館の新設・拡充などが相次ぎ、これらが教育現場にも反映される形で、「日本は過去に加害者であった」とする歴史観が制度的に強化されていった。

 一方で、習近平自身は外交の場では日中関係の安定にも一定の配慮を示している。経済的には日中間の貿易依存が依然として高く、全面的な敵対関係を回避する現実的な判断が働いている。2014年以降、日中首脳会談は不定期ながら継続的に行われており、習近平は日中関係を「正常な軌道に戻す」と発言する場面もあった。

 しかし、こうした外交上の柔軟姿勢とは裏腹に、国内の教育政策やメディア統制、インターネット空間においては、対日批判的なナラティブが継続的に維持されている。

消費されるナショナリズム——大衆文化としての「反日」

反日が「娯楽」になった時代

 2010年代に入って以降、中国社会における「反日」は、もはや国家の思想教育や外交政策に限定されるものではなく、より広範な大衆文化やデジタル空間を通じて、日常的な娯楽の一部として定着しつつある。かつては学校教育や記念式典を通じて国家主導で刷り込まれていた反日意識が、いまやゲーム、映画、テレビドラマ、SNSなどの娯楽コンテンツの中で「消費可能な感情」として流通しているのだ。

「抗日ドラマ」の量産とテンプレート化

 この象徴的な例が、いわゆる「抗日神劇(抗日ファンタジー)」と呼ばれるテレビドラマや映画の氾濫である。これらは、日中戦争期の中国人ゲリラと日本兵との戦いを描くもので、2010年代には毎年数百本単位で制作・放送された。中国兵が素手で日本兵を倒す、女性がハイヒールで敵兵を蹴り殺すといった非現実的で誇張された演出が批判を浴びつつも、視聴率や配信数では高い人気を誇った。

 これらの作品は「歴史の記憶」というより、「スカッとする愛国娯楽」として消費される。ナショナリズムはもはや国家の理念ではなく、視聴者の感情に訴えるテンプレート化された商品となり、マーケットロジックの中で再生産されている。

ゲーム・ネット動画・SNSで拡張される反日感情

 さらに近年では、スマートフォン向けゲームや動画配信プラットフォーム、ショートムービーアプリ(抖音/TikTokなど)を通じて、「反日コンテンツ」はよりパーソナライズされ、拡散力を高めている。抗日戦争を題材としたモバイルゲームでは、日本兵を倒すことがゲームの目的とされ、ユーザーの「正義感」と「快感」を同時に満たす設計がなされている。

 SNS上では、日本の政治的動向や社会問題に対して過激な言辞が飛び交い、ナショナリズムを誇示する投稿が「いいね」や再投稿を通じて拡散されやすい構造が形成されている。これは、ナショナリズムの自己表現が「承認欲求」と結びついた結果でもある。

市場と国家の利害の一致

 このように、2010年代以降の反日は、単なる国家のイデオロギーではなく、「市場で収益化可能な感情」として再構築されてきた。国家はそれを黙認または後押しし、エンタメ業界はそれを利用して作品を量産し、視聴者はそれを通じて「安全な憂さ晴らし」を得る。国家と産業と消費者の利害が奇妙に一致する構造がそこにはある。

 一方で、こうした「消費型ナショナリズム」は、感情を煽動しやすい反面、歴史の複雑性や他国との関係性を単純化する傾向が強く、外交的な緊張を長期的に助長するリスクも孕んでいる。特に若年層において、「日本=敵国」というステレオタイプが日常的に再生産されることは、将来的な日中関係にとって無視できない影響を与える可能性がある。

 反日は、かつては国家の必要によって生み出された「教化」の手段だったが、現在では娯楽と融合し、ネット社会における「消費されるナショナリズム」へと姿を変えている。その背景には、政治的統制、経済的利益、そして個人の感情の三者が絡み合う、きわめて現代的な構造がある。

現代中国の反日教育——制度から文化へ

 習近平政権下の反日教育は、江沢民時代の制度化、胡錦濤時代の抑制を経て、再び強化の方向へと舵を切っている。だが、その手法は単に学校教育に留まらず、広範な文化領域や情報環境を通じて、より日常的・情緒的に浸透する形へと変化している。

 その結果、反日教育はもはや「特定の政策」ではなく、「中国社会における常識」の一部として機能しつつある。それは同時に、国家主導の歴史認識が国民意識に定着しつつある現実を示している。

 今後の日中関係を考える上で、このような歴史教育とナショナリズムの再構築の動向を無視することはできない。経済的な結びつきと政治的・文化的な対立が並行して進むという、複雑で緊張をはらんだ関係の中で、両国の未来をどう形作っていくかが問われている。

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