ウォール街の悪夢 – 暴走する投機的金融

神谷秀樹『ゴールドマン・サックス研究』(2010)

研究?

 前作『強欲資本主義 ウォール街の自爆』の続編といった内容で、ゴールドマン・サックスに関する研究書ではまったくない。なぜこのような題にしたのだろう?

 著者はかつてゴールドマン・サックスに勤めた投資銀行家。
 部分部分でゴールドマン・サックス時代の回想、しかもかなりノスタルジックな思い出話が出てくる。しかし、全体的にゴールドマンサックスに関する記述は少ない。
 内容は主に前作と同じく、金融業界の投機的な取引に対する批判だ。90年代以降の肥大化した金融部門が、実体経済を無視して投機的な取引のみに熱中していく姿を、きわめて批判的に描いている。

変質する金融

 90年代半ば以降、ゴールドマン・サックスをはじめとしたウォール街の投資銀行家は、金融取引のIT化と金融工学の発達によって、その姿を大きく変質させていく。そして、金融の自由化がそれに拍車をかけることになった。
 その変貌振りはすさまじく、先端企業の育成、新しい産業分野の創造、政府の支援など投資銀行としての仕事からは大きく逸脱し、自らが投資家として投機的な取引に進出し、違法と判断されない限りはどのような手段でも講じるようになった。

 企業や金融機関、さらには国家さえもが、破綻の危機に見舞われると投資家から空売りの攻勢をかけられて投機の絶好の機会とされてしまう。証券、債券、通貨、なんでも空売りの対象になりえる。そして、空売りの攻勢をかけられると実際に破綻が現実のものになってしまう。市場と実体経済を混乱させて、自分だけが儲けている姿がそこにある。

 だが、オバマ政権が成立してからは、金融に対する規制も本格的に議論されるようになった。バブルの元凶となった証券化商品について、製作した証券会社がその一部を満期まで持ち続けるという規制も検討され始めた。企業の破産に対して保証するCDSを規制しようという議論も始まっている。

日本で起こりうる金融危機とは?

 日本において金融危機を引き起こす要因として最も可能性の高いものは、国債の暴落だろう。政府支出によって不況下の需給ギャップを埋めようとし続けると、本来淘汰される産業や企業がいつまでも残り、経済は成長しないまま、借金だけが膨らむという結果を招きかねない。

 国家が財政破綻の危機に見舞われた時、政府が取れる手段は基本的に二つしかない。借金を棒引きにすることと金融を緩和してインフレを起こすことだ。
 債務を帳消しにすると新規借り入れが出来なくなるので、行政サービスと生活水準を落とさなくてはならなくなる。しかし、実体経済に対する影響は少なく、回復も早いといわれる。
 だが、一方のインフレによって債務を目減りさせると、資産の価値が下がり、主に年金受給者の生活に深刻な打撃を与えることになる。

 財政破綻を逃れるためには、経済成長によって債務の対GDP比率を下げるしかない。そして、経済が成長するためには、新しい産業の創造が必要とされる。そのためにも産業や企業を育てる本来の投資家の姿が求められている。

 金融機関のあこぎな稼ぎ方がいろいろと紹介されていて興味深い。ゴールドマン・サックスについて知りたかった人にはまったく的外れな内容だが、暴走する金融機関に対する憂慮や怒りなど著者の姿勢に共感できる人は、読んでも損はないように思う。