脳を構成する2種類の細胞
人間の脳は主に二種類の細胞——神経細胞(ニューロン)とグリア細胞——によって構成されています。
神経細胞は、脳の中枢的な働きである情報の受け取り、処理、伝達を担う細胞です。一方、グリア細胞は神経細胞の働きを支える補助的な細胞で、栄養の供給や老廃物の除去、情報伝達の調整など、多岐にわたる重要な役割を果たしています。
この2種類の細胞がそれぞれの役割を果たすことによって、脳は極めて高度な情報処理を可能にしています。以下では、それぞれの細胞の特徴と働きについて詳しく見ていきましょう。
生まれたときから増えない神経細胞
神経細胞は、胎児期(妊娠初期から中期)に急速に増殖します。脳内での神経細胞の分裂と増加は、主に妊娠後期までにほぼ完了し、生後には基本的に新たな神経細胞はあまり生まれません(一部、成人でも海馬など限られた部位では神経新生が確認されています)。
増殖した神経細胞は、他の神経細胞とシナプス(神経接続部)を形成し、神経回路網を構築します。シナプスの形成は生後6ヶ月から12ヶ月の間に急激に増えます。このとき、適切な接続ができなかった神経細胞は「アポトーシス(計画的細胞死)」と呼ばれる自然な過程によって死滅し、最終的には胎児期に形成された神経細胞のおよそ半数が消失するといわれています。
電気信号としての情報
神経細胞は互いに独立した構造を持ち、直接触れ合うことなく情報を伝え合っています。そのため、神経細胞同士は、樹状突起(じゅじょうとっき)と呼ばれる多数の短い突起と、軸索(じくさく)という1本の長い突起を通じて相互に接続し、情報のやりとりを行います。
- 樹状突起:他の神経細胞からの情報を受け取る。
- 軸索:自らの情報を他の神経細胞へと伝える。
この情報伝達は、電気信号(活動電位またはインパルス)によって行われます。活動電位は、神経細胞の膜を通じて、ナトリウムイオンやカリウムイオンなどの電荷を持つ粒子を選択的に移動させることで生じる瞬間的な電位変化です。この電気信号が軸索を伝わり、シナプスを通じて他の神経細胞へと情報が伝えられていきます。
つまり、神経細胞が行っている情報伝達とは、電気的な信号の連鎖によって実現されているのです。

シナプスの働き
神経細胞同士は、樹状突起や軸索といった突起を伸ばし合い、情報のやり取りを行っています。これらの突起の接点にあたる部分は「シナプス」と呼ばれます。シナプスには、実際には神経細胞同士が直接接触しているわけではなく、ごくわずかなすき間(約20ナノメートル)が存在しています。この隙間は「シナプス間隙(シナプスクリフト)」と呼ばれています。
化学的シグナルへの変換
神経細胞で発生した電気信号(活動電位)は、軸索を伝ってその末端であるシナプス終末まで到達します。シナプス終末には、シナプス小胞と呼ばれる微細な袋状構造が多数存在しており、その中には神経伝達物質(ニューロトランスミッター)が蓄えられています。
活動電位が到達すると、シナプス終末にカルシウムイオン(Ca²⁺)が流入し、これをきっかけにシナプス小胞が神経伝達物質をシナプス間隙に放出します(この過程をエクソサイトーシスといいます)。
情報の受け取りと伝達
放出された神経伝達物質は、シナプス間隙を拡散して、次の神経細胞の樹状突起や細胞体の膜上に存在する受容体(レセプター)に結合します。この結合によって、受け手側の神経細胞に新たな電気的変化が生じ、それが再び活動電位として発生するかどうかが決まります。
このようにして、電気信号 → 化学信号 → 再び電気信号という形で、情報が神経細胞から神経細胞へと順次伝達されていきます。
シナプス伝達の多様性
神経伝達物質にはさまざまな種類があり、興奮性(例:グルタミン酸)と抑制性(例:GABA)の働きを持つものがあります。また、放出された伝達物質は、酵素によって分解されるか、再び放出側の細胞に取り込まれてリサイクルされます。これにより、シナプスでの信号伝達は一過性で精密に制御されているのです。

グリア細胞の役割
グリア細胞(神経膠細胞)は、神経細胞(ニューロン)の働きを構造的・機能的に支えるサポート細胞です。自らは情報を伝達しませんが、絶縁や栄養供給、老廃物の除去、炎症応答の制御など、神経系の正常な機能を維持するうえで不可欠な働きをしています。
中枢神経系(脳と脊髄)には、主に以下の3種類のグリア細胞が存在します。
希突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)
希突起グリア細胞(オリゴデンドロサイト)は、中枢神経系において神経細胞の軸索に巻き付くようにして「髄鞘(ずいしょう)」を形成します。髄鞘は脂質を多く含む絶縁体のような構造で、電気信号の伝導を効率化し、信号の漏れや混線を防ぐ働きを持っています。
髄鞘で覆われた神経線維は、「跳躍伝導」と呼ばれる方式で電気信号を伝えるため、信号伝達速度が格段に速く、かつ正確になります。たとえば、視覚や運動など、迅速な応答が求められる経路では、この髄鞘が極めて重要です。

星状膠細胞(アストロサイト)
星状グリア細胞(アストロサイト)は、その名の通り星形の突起を多数伸ばし、神経細胞と血管のあいだをつなぐ役割を果たしています。この細胞は、血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)の構成要素の一部でもあり、血管から神経細胞へ酸素や栄養を供給するほか、カリウムイオン濃度の調整や神経伝達物質の回収など、環境の恒常性を保つ働きも担っています。
また、星状グリア細胞は神経ネットワークの可塑性(柔軟な変化)にも関与しており、記憶や学習などの高次機能にも影響を及ぼしていると考えられています。
小膠細胞(ミクログリア)
ミクログリア細胞(小膠細胞)は、中枢神経系における免疫担当細胞であり、異物の排除や損傷組織の修復、細胞の食作用(ファゴサイトーシス)を行います。
平常時は静止状態で脳内を巡回し、異常が発生すると活性化してさまざまな形態に変化し、感染や損傷の現場で防御・修復に働くのです。また、老化や神経変性疾患においては、ミクログリアの異常な活性化が関与しているとする研究も進んでいます。
まとめ
神経細胞とグリア細胞という二つの細胞の精巧な協働によって、私たちの脳は高度な情報処理を実現しています。神経細胞は情報の伝達を担い、シナプスを介して信号をやり取りします。一方、グリア細胞は電気信号の効率的な伝導、代謝や免疫のサポート、神経環境の安定化など、陰ながら不可欠な役割を果たしています。
このように、脳は単なる神経の集合ではなく、多様な細胞の相互作用によってダイナミックに機能する「協働体」として理解されるべき存在です。その複雑な仕組みを知ることは、人間の知性や意識の起源に迫る第一歩となるでしょう。
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