PR|記事内に広告が含まれています。

EU拡大のゆくえは?コペンハーゲン基準とシェンゲン協定 – ヨーロッパ統合の課題

政治
Articles
広告

コペンハーゲン基準

 1993年6月、デンマークの首都コペンハーゲンで開催されたEUサミットにおいて、ヨーロッパ中東部諸国のEU加盟に関する原則が議題となった。このサミットでは、加盟を希望する中東欧諸国に対して、一定の政治的・経済的条件を満たした段階で加盟を認める方針で合意が成立した。その際に設けられたのが「コペンハーゲン基準」である。

 コペンハーゲン基準は、EU加盟のために各国が満たすべき三つの主要要件から構成されている。

  1. 政治的要件:民主主義、法の支配、人権の保障、および少数者の権利尊重を確保する安定した制度と機構の確立
  2. 経済的要件:有効に機能する市場経済の存在、およびEU内の競争圧力に対応できる経済的能力の保持
  3. 加盟義務の受容:政治・経済・通貨統合の目標に準拠し、EU加盟に伴うすべての義務を受け入れる体制の整備

 これらの基準を満たすと判断された国々には、正式にEU加盟交渉に入る資格が与えられる。そして、2004年にはこの基準をクリアした中東欧の10カ国がEUへの加盟を果たした。

シェンゲン協定

 EUは、域内の自由な経済圏の実現を目指して発展してきた。この理念の一環として、域内における人とモノの自由な移動を促進するために、国境における出入国管理を原則として撤廃する構想が進められた。その具体的取り決めが「シェンゲン協定」である。

 この協定に調印した国々の間では、国境検査が原則として廃止され、域内移動が大幅に自由化された。1990年には、ドイツ、フランス、そしてベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)が最初に協定に調印。続いて1992年にはイタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシアが、1995年にはオーストリアが加わった。

 さらに1996年には、北欧諸国であるデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドが参加し、2004年にはスイスや中東欧諸国(チェコ、ハンガリー、ポーランド、バルト三国、スロバキア、スロベニアなど)が加盟し、対象国は大幅に拡大した。

 しかし、シェンゲン協定の理念である「人の自由な移動」は、EUの統合理念と一致する一方で、移民の大量流入に対する懸念も各国に存在する。実際、イギリスやアイルランドなど、EU加盟国でありながらこの協定に加わっていない国も存在する。このことは、統合と主権の間でのバランスがいかに難しいかを示している。

EUの課題:統合と多様性のジレンマ

 EUはこの10数年で急速にその加盟国数と領域を拡大してきた。しかし、この急拡大は新たな課題をも生んでいる。それは、多様な政治・経済的背景をもつ国々を一つの枠組みでまとめ、統一的な政策運営を行うことが果たして可能なのかという問題である。

 仮に集権的な政策運営を強化すれば、EUが民主主義的手続きを省いて強権的に方向性を押しつける危険がある。一方で、すべての加盟国の多様な立場や意見を考慮しようとすれば、意思決定が遅滞し、制度が機能不全に陥る可能性がある。このように、EUは「効率的な政策運営」と「多様性の尊重」という、相反する原則の間で苦慮している。

 中でも、今後の最大の課題とされているのが財政統合である。単一通貨ユーロを導入したことにより、金融政策の統合はある程度進んだが、依然として財政政策は各国ごとに分かれている。財政政策の一元化や租税制度の調和は、統合深化のために不可欠であると同時に、各国の経済状況や産業構造の違いを無視できないという重大な矛盾をはらんでいる。

 例えば、経済的に脆弱な地域にも統一された財政ルールを適用すれば、逆に域内の経済効率や競争力が損なわれる恐れがある。経済統合の推進が、結果として活力の低下を招いてしまっては本末転倒である。ここでもEUは、「統合の強化」と「多様な実情の尊重」という相反する命題の間で折り合いをつける必要に迫られている。

 さらに、意思決定の制度的課題も深刻である。現在、EU閣僚会議においては多くの重要事項が全会一致で決定されるが、加盟国の増加と多様化により、合意形成が一層困難になっている。今後、EUが合理的かつ迅速な意思決定を行うためには、欧州連合条約(アムステルダム条約)の見直しや、欧州議会制度の改革といった制度的改正が不可欠となるだろう。

統合か、多様性か——その両立に向けて

 統合の深化を目指すEUが、加盟国間の多様性をどこまで尊重できるのか。この問いこそが、EUの今後の進路を左右する根本的な課題である。
 統合と多様性——EUはこの二つの理念をどのように両立させていくのだろうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました