正社員保護が生む「逆機能」
日本の労働法制では、企業が正社員を解雇するには厳格な要件を満たす必要がある。判例法理による「解雇権濫用法理」は、不当解雇から労働者を守る制度として長年機能してきた。また、「労働条件の不利益変更」に関しても、使用者の一方的な賃金引き下げを原則として認めない不利益変更法理が存在する。
これらの制度は、労働者の地位を安定させ、生活基盤を守るという観点では一定の成果を挙げてきた。しかし一方で、その硬直性が企業の人員構成や事業の再編を阻み、経済全体のダイナミズムを失わせる要因となっている。
流動性の欠如と非正規雇用の拡大
正社員を一度雇用すれば、その後の配置転換や解雇が非常に困難になる。このため、企業は「将来のリスク」を避けるために、採用そのものに慎重にならざるを得ない。その結果として、非正規雇用が拡大し、正社員と非正規社員の格差が広がっている。
特に若年層においては、正社員としての就職機会が減少し、「不安定な働き方」が固定化されつつある。これは本人のキャリア形成や経済的自立を阻害し、ひいては少子化や消費低迷といった社会全体の問題にもつながっている。
解雇規制の緩和は雇用改善につながるか
では、正社員の解雇要件を緩和すれば、雇用状況は改善されるのだろうか。
一つの見方として、解雇要件を緩めることで企業の採用リスクが低減し、より多くの人材を積極的に採用できるようになる可能性がある。欧州の一部の国では、労働市場の柔軟性を確保しつつ、セーフティネットを強化する「フレキシキュリティ」政策が採用されており、一定の成果を上げている。
また、労働移動が活性化すれば、産業構造の転換も進みやすくなり、成長分野への人材シフトが可能になる。これは経済の新陳代謝を促し、持続的な競争力強化にもつながる。
課題と留意点:緩和だけでは不十分
ただし、解雇規制の緩和だけでは問題の解決にはつながらない。日本では依然として転職時の賃金減少リスクや社会的信用の低下が大きく、「流動化=不安定化」と受け取られやすい。したがって、セーフティネット(再就職支援、職業訓練、失業保険制度など)の整備が不可欠である。
さらに、企業による濫用的な解雇を防止するための一定のガイドラインや監視体制も必要となる。労働者の立場があまりに不安定になることは、社会的な不安や消費低迷を招きかねない。
雇用の質と量を両立させる改革を
正社員の解雇要件の緩和は、慎重な制度設計のもとで行われるべきである。ただし、それは単なる「規制緩和」ではなく、雇用のセーフティネットとのパッケージとして実現されるべきものである。
硬直した制度を見直し、働く人が柔軟に職を選び直せる環境を整備することこそが、格差の是正と産業の活性化につながる。日本社会が「雇用の安定」と「経済の柔軟性」を両立させるためには、抜本的な労働政策の見直しが求められている。
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