神経可塑性とは
神経可塑性(neuroplasticity)は、脳や神経系が経験や刺激、損傷などに応じて構造や機能を変化させる能力のことを指します。
シナプス可塑性(シナプス結合の強さの変化)だけでなく、以下のような構造的な変化やネットワークの再構築も神経可塑性に含まれます。
シナプス以外の神経可塑性の種類と例
1. 軸索の再生と側枝形成
- 軸索(神経細胞の長い突起)が損傷を受けた場合、一部の神経では再び新たな軸索を伸ばす(再生)能力があります。
- また、既存の神経細胞が新しい側枝(サイドブランチ)を伸ばして、別の神経細胞と接続し直すことで、機能回復を図ることもあります。
- 中枢神経系(脳・脊髄)では再生能力が限られますが、末梢神経系(手足の神経など)では比較的高い再生能力を持ちます。
2. 樹状突起の再構築
- 樹状突起(dendrites)は、他の神経細胞からの入力を受ける構造であり、その長さや分岐、スパイン(小突起)の数が経験に応じて変化します。
- たとえば、新しいスキルを学ぶ過程でスパインの数が増加することが観察されています。
- スパインは学習と記憶の物理的痕跡とも考えられており、その再編は脳の柔軟性を示す重要な証拠です。
3. 神経新生(neurogenesis)
- 成人の脳でも一部の領域(例:海馬の歯状回や嗅球)では、新しい神経細胞が生まれることが確認されています。
- 特に海馬は、記憶形成や空間認知に関わる重要な領域であり、ストレスや運動、環境の変化が神経新生に影響を与えます。
- ただし、中枢神経全体で見れば、神経新生の起こる領域は限定的です。
神経可塑性と疾患の関連
1. アルツハイマー病と可塑性の障害
- アルツハイマー病では、アミロイドβやタウタンパク質の異常蓄積によって神経細胞が障害され、シナプスの可塑性が低下します。
- 特に、海馬や前頭前野でのLTP(長期増強)機能の低下が確認されており、記憶障害や認知機能低下に直結します。
- また、スパインの数の減少、シナプス密度の低下など構造的可塑性の喪失も顕著です。
2. うつ病と可塑性の変化
- うつ病では、慢性的なストレスにより、海馬や前頭前皮質での神経可塑性が低下すると考えられています。
- 特に、BDNF(脳由来神経栄養因子)という神経成長因子のレベルが低下し、スパイン密度やシナプスの柔軟性が損なわれることが知られています。
- 興味深いことに、抗うつ薬(特にSSRI)や運動、認知行動療法は、このBDNFの増加や神経可塑性の回復と関係していると報告されています。
3. 脳卒中後の回復と可塑性
- 脳卒中などで脳の一部が損傷した場合、周辺や反対側の脳領域が機能を代償的に再構築することがあります。
- リハビリによる神経回路の再編(リワイヤリング)は、まさに可塑性の表れであり、早期の刺激やトレーニングが回復に重要であることを示しています。
神経可塑性は脳の回復力の証
神経可塑性は単なる「脳の柔軟性」ではなく、発達・学習・記憶・回復・適応・再構築といった、あらゆる脳の機能の根幹に関わる現象です。そして、可塑性が破綻したときには、認知症や精神疾患などのリスクが高まります。
このような理解は、脳科学にとどまらず、教育や医療、リハビリテーション、AI開発など、幅広い分野にも応用されつつあります。
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